第9話

 夕食は、遠征で手に入れた缶詰を使った炊き込みご飯となった。彼女たちの主食となっている保存米は、古くてニオイがきつくなっていた。ただ水で炊くだけだは食べにくいので、調味料や具材を足して工夫することが多かった。 

「姉さん、ちょっとお時間をもらえませんか」

 新妻のもとへ綾瀬がやってきた 今度は、しっかりと制服を着ていた。

「さっきの話は言った通りだ。ぶり返すつもりはない」

 ぶっきらぼうに言ってから、ちょっと態度がキツいかなと思っている。

「そのことではなくて、ブルベイカーさんのことです」

「ブルベイカーの」 

「昨日、ブルベイカーさんから手紙が来ました」

「ブルベイカーが、直接ここに来たのか」

「いいえ、違います。使いの人が来ていました」

「まさか、そいつをここに入れたのか」

「私がですか、それはあり得ません。しばらく外で喚いていたので放っておきました。そうしたら、長い棒の先端にこの手紙をつけて、目立つ場所に刺していったんです」

 ナオミ・K・ブルベイカーは、過去に、このゲームセンタービルで新妻たちと共に暮らしていた。当然ここの場所を熟知している。

 ブルベイカーは、新妻の同級生であり親友でもあった。朝比南高校では知らない者はいない有名人で、その美貌は学内一であり、スタイルも抜群で、他の女子生徒の追随を許さなかった。明るく社交的な性格で、しかも茶目っ気があり、男子たちは日々悩殺されていた。正真正銘の学園アイドルであり、男子の中には伝説と呼ぶものさえいた。

 彼女は日本在住が長いアメリカ人夫婦の娘として生まれ、ずっと日本で暮らしていた。だから、見かけは白人の外国人であっても、中身は日本人的な要素が強い。

「その手紙を見せてくれ」

 ポケットから封筒を取り出した綾瀬は、それを渡した。やや乱暴に受け取った新妻は、すぐに読みだした。眉間に皺をよせ、きびしい表情をしている。   

「まだみんなには見せていません。どうしますか、そのまま破り捨てますか」

 新妻は綾瀬を睨みつけた。彼女の矜持として、そうしないのを知っていて、綾瀬はわざと廃棄することを提案している。

「私をナメるなよ、綾瀬」

「ですよね」

 そう言って、ウンウンと頷いていた。新妻を愚弄しているのか、とぼけているのか、判然としない態度だ。

「それでは、今すぐにみんなを集めますか」

「飯を食い終わったら話す。そのほうがいいだろう」

 その手紙の内容は物議をかもすものになるだろう。ならば、せっかくのご馳走を渋い表情で食べさせるのは酷だと、リーダーは考えた。

 炊き込みご飯は、実に美味しそうに出来上がった。普段は乾物や保存食ばかりなので、けっこうな量の肉の入った夕食は、久しぶりのご馳走といえた。

 シチューのレトルトのほとんどは子どもたちにあげたのだが、固形ルーも手に入れていたので、副菜には汁物が供されていた。シチューには、缶詰のウインナーが入れられていた。 

「おいしそう」

「ほんと、お肉がたくさん入ってるう」

 久しぶりのごちそうに、女子たちはよだれを垂らしながら見入っていた。

「おい万里子、肉をとりすぎだぞ」

「そんなことないよ。みんなと同じだよ」

 島田と小牧のやり取りだ。お互いの皿を見ながら、焼き鳥の破片を目ざとく数えていた。

「志奈、そんなんで足りるのか。もっと食べなって」

「はい」

 西山なぎさは、後輩の天野志奈の皿の盛り具合が少なくて気になっていた。

「せっかく皆がとってきてくれたんだ。おいしく頂こうや」

「はい」

 しかし、彼女はそれ以上手をだそうとはしなかった。シチューも、具材には手を付けず汁だけだった。

「私はお役に立ってないのに、いつも食べてばかりで申し訳なくて」

 天野志奈はおっとりとした、いかにもお嬢様な女子である。

 荒っぽいことは好まないし、その耐性もなかった。危険を感知する能力に欠けていて、集団で行動するときは決まって足手まといとなった。だから、食料探しの遠征には同行させてもらえなくて、いつも留守番である。

 性格は素直で従順だ。綾瀬のようにふてぶてしくもないし、島田のように厚かましくもなかった。役に立たない自分が貴重な食料を分け与えてもらえることに、日々負い目を感じていた。

「私たちはね、留守番隊だからいいの。留守番だって大事な仕事なんだからね」

 そう言って、西山は一本しかない手でおこげがたくさんついた炊き込みご飯を、天野の皿にごっそりとよそった。小牧が目ざとく見ている。

「だよねえ、穏香っち」

「もちろんよ。ここにいる誰もが働き者だから」綾瀬は、ニッコリと微笑んだ。

 西山なぎさは、綾瀬が気を許せる唯一の友達だ。終末が始まる前、朝比南高校ではお互いに反目しライバル視するほど仲が悪かったが、西山の右腕の治療をしたことがきっかけとなって、心の繋がりができた。結局、その右腕は壊疽してしまい切り落とさなければならなくなったが、夜も付きっきりで看病してくれた綾瀬に、恩義を感じ仲良くなったのだ。

「よし食ったぞ」

 島田は早々に食事を切り上げると、皿をもって行ってしまった。それには炊き込みご飯にあった焼き鳥を、ひとつ残らず残していた。これから修二のところに行って、彼に食べさせるためだ。

 男子たちの食事の世話は、新妻と十文字來未がしていた。修二と義之は自分の力で食事をとれたが、田原は誰かの付き添えが必要だった。新妻がスプーンにとった炊き込みご飯を、一口ずつ食べさせていた。水を飲ませるために頭を持ち上げるが、そうすると苦痛に顔をゆがめてしまう。彼女は焦らずに、そうっと食べさせ続けた。

 十文字隼人のほうは、意識がない時は固形物を咀嚼できないので、もっぱら栄養剤の点滴と、多少の水分を綿に湿らせて唇に含ませるくらいだ。それもすでに綾瀬がやっていたので、妹はとくにすることもなく、ただ付き添っているだけだった。

「どう、美味いだろう」

 修二には、彼の分がしっかりと与えられている。その他に、友香子の残した焼き鳥を食べるように勧めていた。まるで、熱々の新婚夫婦のようだ。

「友香子、今度は俺が食べさせてやるよ」

「いいって、そんなの恥ずかしいだろう。姉さんだっているのに」

 修二は焼き鳥を箸ではさんで、島田の口へと差し出した。島田は、はにかんで斜め下を向いている。

「私のことは気にしないでね。いま、田原とラブラブだから、ふふ」新妻がクスクスしながら言う。

「私も、あんちゃんに忙しいから」

 十文字來未も同じくだった。

「ほら、あ~んしろよ、友香子。あ~ん」

 島田はどうしようか迷っていたが、恥ずかしいという気持ちよりも、彼氏とイチャつきたい欲求のほうが勝った。しおらしく目を瞑ると、口を開けて甘えるように顔を突き出した。

「あ~ん」

 修二は島田の口の中に、次々と肉を放り込んだ。それらは本来、彼女が食べるべきものだが、自分のために我慢して持ってきたのだろうと察していた。誰もが飢えている。気持ちだけありがたくもらい、その実を返そうとしたのだ。

「ちょ、ちょっと、そんなに食べれないよ。あたしはもう、お腹いっぱいなんだからさあ、げほげほ」

 島田は肉を喉に詰まらせていた。修二の水を呑み込んで、一息ついていた 

「このメシ美味いなあ」

 義之は、焼き鳥ご飯を噛みしめながらしみじみと言った。ただし、もう身体が受けつけてくれないのか、四分の一ほどで箸を止めてしまった。マグカップのシチューを飲むのもキツそうだ。

「そうだろう、なんせ苦労して手に入れたからさあ」

 立ち上がった島田がVサインをしながら、満面の笑顔を見せていた。

「母さんが炊き込みご飯の名人でさあ、キノコとか鶏肉とかで、よく作ってくれたんだ。うまかったんだよ、母さんの料理さあ」

 彼は涙を流していた。記憶の片隅においてあった、無垢な腫れ物に触れてしまったようだ。

「おれ、母さんを救えなかったよ。いっつも迷惑ばかりかけていたのに、肝心な時に母さんになんにもしてやれなかったよ。いっつも朝早く起きてさあ、弁当作ってくれたのに。四十肩が痛い痛いっていいながら、弁当作ってくれたのによう」

 その場の空気が切なく沈んでゆく。肉親のことを言われると、誰もが身につまされる思いだった。

「義之は、私たちを助けてくれたじゃないか。命がけでやってくれたよ。みんなが生きているのも、ここにいるヒーローたちがいたからだよ」 

 新妻は、彼の関心を自分たちのことに引き戻そうとした。いつまでも親や兄弟のことを引きずられると、グループの士気に係わるからだ。

「おれなんて、たいしたことしないよ。田原や修二みたく戦ってないしな。十文字なんか、自分もふっ飛ぶってわかっていたのに突っ込んでいってさあ。おれなんて、ほんとにもう、たいした活躍もしないで、しまいには内臓の病気で動けなくなってなさけないよ。こうやって、メシを食わせてもらうのが申し訳ないっていうか、なんだかな、もう」そう言うと、メソメソと涙を流していた。

「ああ、もう湿っぽくてヤダよ。せっかく、ご馳走食べてるんだからさあ、もっと楽しんでよ」

「友香子の言う通りだ。義之は気にしすぎるんだよ。タダ飯くらってるのは、俺や田原だって同じだって」

「そうそう。俺たちは、美女たちに囲まれながらメシを食える幸せ者なんだぜ。俺んちの定食屋なんて、おっかねえ顔したオヤジが客を睨みつけながら食わしてたんだからよう」

 田原はヘラヘラと笑いながら場を和まそうとする。ご褒美とばかりに、エロエロナースが彼の頭を撫でた。

「そうだよな、おれたちはラーッキだな」

 気を取り直した義之が、鼻水をすすりながらシチューをかき込んだ。しかしながら、途中で器官に入ってしまって激しくむせた。新妻が慌てて駆けつけ背中をさする。

「ありがとう、姉さん。ありがとう」

 鼻水と涙を流しながら礼を言う義之を、新妻はやんわりと見ていた。

「じゃあ、私たちはいくね」

 男子たちと十分ばかり雑談をした後、新妻は島田を伴って部屋を出た。十文字妹が食器の後片付けをした。

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