第7話
「なんとか、日暮れ前に帰れたな」
「やっぱ、我が家が一番。修二たちはどうしてるかな」
五人の女子たちは、彼女らの家に帰ってきた。廃墟になった繁華街の雑居ビルが住処となっていた。そのビルは、一階部分がゲームセンターだった。
女子たちは、ゲームセンタービルの周りを注意深く歩いていた。付近に誰もいないことを確認すると、正面ではなく裏口のほうへ行った。
地面に散らばった瓦礫に隠れて、一本のトラロープがあった。周囲を見渡して再度人の気配がないことを確かめてから、新妻がそれを数回引っぱった。
やや間をおいてから、か細い声がやってきた。
「その花の名は」と、その声は言った
「オニユリ」と新妻が返した
合言葉である。
錆びついたドアが、そうっと開いた。まったく音がしないのは、蝶番にしっかりと潤滑油が塗布されているからだ。
「姉さん、お帰り」
「ああ、帰ってきたよ、万里子」
愛らしい顔をした女子が一人出てきて、新妻たちを出迎えた。小牧万里子(こまきまりこ)である。
「食べ物ありましたか」
小牧は食料担当の責任者ではないが、新妻グループでは、もっとも食べ物に精通・執着している女子だ。
「チョコとかありましたか」
新妻たちが背負っているリュックの膨らみから、その中に入っているモノを目ざとく計算した。米や麦の類ではないと直ちに喝破し、だから、お菓子類なのではないかと期待を膨らませていた。
「そんなもんあるわけねえだろう」
だが、あっけなく島田に否定されてしまった。小牧はシュンとなる。
「でも缶詰を見つけたよ。焼き鳥とかシーチキンとかな」
甘い菓子類はないが、缶詰類も十二分にご馳走である。曇りかけた小牧の表情が、パッと明るくなった。
「食いモンじゃねえけど、ナプキンがあったよ。パンツが汚れずにすむからさ」
「へえ、そうなんだ」
ナプキンがあると聞いても、小牧の反応は薄かった。
「とにかく中に入ろう」
ねぐらの出入口付近でたむろするのは、不用心で危険でもある。誰かに見つかれば、襲撃される可能性が増してしまう。
「あれえ、來未ちゃんどうしたの。すごいことになってるけど」
建物の中に入ってきた十文字の顔を見て、小牧は驚いていた。多少の怪我ぐらいならいつものことだが、今日のそれはレベルが違っていた。
「蜂に刺されたんだ」
ケダモノどもに凌辱されそうになったとは言いたくなかったので、十文字はテキトーなことを言って誤魔化した。
「綾瀬さんにみせたほうがいいよ。化膿すると大変だから」
「ああ」と、十文字はあいまいな返事をした。
彼女たちの住処であるゲームセンタービルは、度重なる巨大地震にも耐えきって、その骨格はいまだに健在だった。周辺のビルは損傷がひどすぎて、生活の場とするには居心地が悪い。地震はいまだに発生している。脆い建物では、枕を高くして眠ることができないのだ。
「みんなー、いま帰ったよー」
大きな声で手を振るのは友香子だ。帰ってこれた喜びと安心で、上機嫌だった。
「おかえりなさい」
「おかえりなさい」
遠征隊が無事に帰ってきたことを、留守番の女子たちが歓迎する。
「たっだいまー」
しばし挨拶が続く。五人はリュックサックをおろし、私物を片付けたり銃の手入れをしている。さっそく、ねぎらいのお茶が入れられた。小銃を分解掃除しながら、鴻上がホッとした表情で啜った。
女子たちが集まっているのは、通称、大広間と呼ばれている場所だ。ゲームセンター内の遊技台を取り払って、ソファーや机を置き食事や休憩、団らんの場としていた。広い空間なので、有事の際にも素早く動けて作戦会議もできる。すぐに使えるように武器類も置かれていた。各個人の寝部屋は、ビルの上の階の空き部屋を使用している。
「おかえりなさい、姉さん」
「ああ」
さっそく新妻の前にやってきたのは、綾瀬だ。さも忙しそうな仕草をしているリーダーの脇に立って、利発そうな瞳をじっと向けている。
「薬はありましたか」
「いや、ダメだった」
「注射器も」
「すまん、そっち方面は収穫なしだ」
「二日も遠征して、風邪薬一つなしですか」
綾瀬は無表情だが、不満なのは明らかだった。新妻は、彼女の顔を見ないようにしていた。
「そのかわり食いものは見つけてきたよ。缶詰とかレトルトとか。そうだ、ナプキンも」
収穫物は、すでにほかの女子たちがそれぞれのリュックサックからより分けていた。それらはテーブルの上に積まれて、小牧が種類別に並べている。焼き鳥の缶詰を凝視しながらニンマリとしていた。
「今回は、あんまり多くないようですけど」
「あれだけ集めるのにも苦労したんだ。ところで王子たちは、どうしてる」
感の良い綾瀬のことだ。新妻の表情から、図書館の子どもたちに食料を分け与えたことを読みとるかもしれない。だから、話題をそらす必要があった。
「とくに変わりありません。今度は薬がありそうな場所に行ってくれますか。できれば大きな病院跡とか、薬品の工場とかを重点的に。少しでもいいから、リドカインがほしいんです」
「考えておくよ。それと來未の怪我をみてやってくれないか」
「みようとしましたけど、いらないって断られました」
「そうか。まあ大丈夫だとは思うけど、ちょっとだけでもいいんだよ」
「あの怪我は、どうしたのですか。あきらかに殴られたみたいですけど」
「ヘンタイ野郎どもに襲われかけてな。やられる前に始末したけどさ。けど、目のまわりがひどくて、失明とかになったらコトだからな」
「あの子は私が嫌いですから、意識不明にならないかぎり無理な気がします」
十文字來未が綾瀬穏香を嫌っているのは周知の事実だ。もっとも、綾瀬はほぼ誰からも好かれてないので、來未が避けていても、とくに険悪な雰囲気になるわけではない。彼女の綾瀬嫌いは、もっと個人的な理由があった。
「それよりも、次の遠征は私も連れて行ってください。私だったら、きっと薬を見つけられると思う。あらかじめ探すポイントを絞っていけば、それほど遠くへ行かなくとも見つけられるはずです」
「わかったわかった、もういいだろう」
うるさい小姑を振り払うように、新妻は綾瀬の傍から離れた。そして島田に向かって号令をかけた。
「友香子、行くよ」
「あいよ、姉さん」
相棒は、すでに着替えていた。新妻もそそくさと朝比南高校の制服を脱いで、衣装に着替える。それはナースのコスプレ衣装であり、本物の看護師と比べて胸元が大きく開き、スカートは白々しいほど短かった。
いっぽうの友香子は、チアガールのコスプレ衣装である。ただしパンツが汚いのを自覚しているので、スカートは長めだ。胸元を強調したいとのおもいはあったが、彼女自身の容積が、それを困難なものにしていた。
「じゃあ行くかい、友香子」
「早く行こうよ、修二が待ってるから」
ウキウキした様子で行ってしまう二人を、綾瀬が冷えた瞳で見送っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます