第5話

 翌朝、新妻たちとタヌキ顔、子どもたち全員が外に出ていた。みぞれは雪にならなかったが、空気と地面は氷のように冷たかった。

「ほんとは焼いてやりたいのだけど、あんまり煙を出したら目立つし、火葬って難しいんだよね」

 荼毘にふすことは、素人にはあんがいと困難な作業となる。遺体を焼ききるだけの薪を集めるのも大変な作業であるし、大量の煙は、どうしても人目についてしまう。過去の経験から、母親は埋葬することにしたのだ。

 図書館のすぐ脇に公園があった。もちろん、遊具などは壊れて荒れているが、比較的平らな土地なので、遺体を埋葬するには適当な場所であった。そこにはすでに、いくつもの幼い亡骸が眠っている。

「深く掘らないと、野犬どもに掘り返されてしまうから」

 外気温は相当に冷えているのだが、彼女は汗だくで掘っていた。昨夜は寝ずに付き添ったために、身体の動きにキレがなく辛そうだった。

「オバサン、手伝うよ」

 タヌキ顔が息を切らしながら出てきて、かわりに島田が穴の中に入った。スコップを突き立てるが、公園の土は良く締まっていて掘りにくそうだった。土掘りに慣れていない女子は、わずかな土しか排出することができない。

「友香子姉さん、その調子じゃあ日が暮れちゃうって」

「文句があるんだったら、あんたが掘りなよ」

「じゃあ、代わって」

 今度は十文字が穴に突入するが、やはり固い地面に歯が立たず、へっぴり腰のままムダに労力を費やしていた。 

「ほんと、あんたらは要領が悪い。ちょっとスコップをよこしな」

 新妻が掘ることになり、十文字が申し訳なさそうな表情でスコップを渡した。

「へえ、お姉さん、うまいねえ。高校の授業でドカタもやるのかい」

 新妻のスコップは固い土をものともせず、熟達したモグラのように掘り進めた。ややしばらくして、深さだけではなく、形もきれいな直方体の墓穴が出来あがった。

「このくらいでどうかな」

「うん、ちょうどいいよ。素晴らしくいいね」

 何度も墓穴を掘った経験のあるタヌキ顔は、新妻の仕事ぶりに感心していた。ウンウンと頷いて、労をねぎらった。

 スコップを森口に手渡して、新妻は穴から出てきた。小さなことだが、また一つリーダーとしての資質を見せつけたのだ。

「シンコ、よかったねえ。お姉さんが立派なお墓をこしらえてくれたさ」

 死んだ女の子は、草地の地面に毛布を敷いて寝かされていた。たくさんの造花が、その小さな柱に添えられている。

 全員がシンコの傍にきて、手を合わせて祈った。お経や聖書の類を知らないので、タヌキ顔も女子たちも、気の利いた言葉を口にできなかった。子どもたちは、ただシンコシンコと名前を呼んでいた。

 最後に、亡骸がまっさらなシーツに何重にもくるまれて墓穴の中に収まった。穴の中に中年女が入り、新妻と森口がシーツに包まれた遺体を慎重に渡した。造花と数冊の絵本が添えられた。

「シンコ、絵本をいれとくからね。ダメなお母さんでゴメンね」

 女の子は土に還ることになった。いつも年下の子どもたちを気づかうだけの、あまりに短い十年だった。


 簡単な葬儀が終わると、五人の女子たちは出発の準備をし始めた。もたもたしていると、日が暮れるまでに帰ることができないからだ。

 中年女だけではなく、子どもたち総出での見送りになった。帰りの荷物は、ずいぶんと軽くなっていた。パンパンに膨らんでいたリュックサックは、それぞれ半分ほどになっている。ズタ袋も、半分をおいていくことになった。

「こんなにたくさんもらっちゃって、ホントにいいのかい。お姉さんたちの分がないじゃないか」

「また手に入れるから心配しなくていいよ」

「そうそう、あたしらは食いもの探しの名人だからね」

「私たちには、こんなのチョロいって」

 十文字がVサインを出すと、カンタロウが同じくVサインで返した。

 誰もが例外なく食料調達に苦労している時勢だ。彼女たちだけが幸運に恵まれているはずもなく、そのことはタヌキ顔も理解していた。ただただ、その心遣いに感謝していた。

「カンタ、おまえはみんなを守らなきゃならないんだからな。無茶したらダメだぞ」

「わかってるよ、十文字のお姉ちゃん。それとカンタロウだって」

 いつも無茶ばかりしている{はねっかえり}が、子どもに無茶をするなと説教をしていた。少しは成長したのかなと思ったのは、新妻だけではなかった。

「これ、持っておいきよ。汁物にしたらいい出汁がでるから」

 去り際に、タヌキ顔が小さな袋を新妻に差し出した。中身を確認すると、黒くて豆のような粒がたくさん入っていた。 

「タニシの干物なんだ。こんなの、お土産にもならないけどさ」

「ありがとう。喜んでいただくよ」

 食べ物で無駄になるものなどない。新妻は、ありがたく頂戴した。

「チンミがタニシ獲りの名人なんだ。シンコも元気だったときは、おっきいのをとったんだよ」

 そのタニシがどれほど貴重なものであるのか、カンタロウが説明した。

 タニシ獲りの名人たちが、その小さな手を一生懸命泥水の中に入れている光景が女子たちの脳裏に浮かんだ。森口は、思わず目を伏せてしまうのだった。

「じゃあ、お姉さんたち、元気でね」

「またこの辺にきたらお邪魔するよ」

「ぜひ来てちょうだいよ。お姉さんたちは大歓迎だよ」

「カンタロウ、また来るからな」

 十文字は少年の目の前まで来ると抱きしめた。そして紙切れを手渡すと耳元でそっと囁いた。

「もし、ヤバくなったら私たちのとこに来な。その紙に場所を描いといたから。絶対に誰にも見せるなよ」

 少年は紙切れを開いた。

「十文字のお姉ちゃん、絵がへただなあ」

「うるさいっ」

 ペシっと頭を叩いた。カンタロウは、へへへと笑っている。

 女子たちは歩きだした。母親と子どもたちが手を振っていた。新妻たちが見えなくなるまで、いつまでも手を振るのだった。



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