対魔の柄

 世界は憎悪に満ちている。

 この世界では、地上の覇権をめぐって二つの種族、人類と魔族がもはや戦端を今の世代も、その前の世代も、ずっと多くの世代が知らぬほどに長く争いを続けていた。

 そんな中で、地上に流れるのは多くの血と憎悪ばかりだった。

 しかり、だからと言って、戦乱が止まるわけではなかった。

 遥か悠久の時より戦いを続ける人類を魔族は今更、戦いを辞めることなど出来るはずもなかった。

 今日もまた、何処かで人類と魔族が戦いを広げ、犠牲者を増やしていく───そんな時が流れていた。

 

 ただ。

 そんな世界においても、なお、人類も、魔族も日常が芽吹いていた。

 人類社会は戦乱の中で多くの兵士たちが魔族と戦う中でも、最前線からは離れた後方の方で平和な生活が確かに芽吹ているのだ。

 だが、その平和な生活は簡単に崩れ去っていく。

 魔族の攻撃によって、破壊された平和な生活。

 そして、それに取り残された者は慟哭する。

 その果てに、取り残された者たちは復讐を決意するのだ。

 そんな彼らが集まる組織こそ、人類の中で最も強力な強さを持った組織、対魔の柄である。

 

「はぁー」


 神より人類へと与えられた『加護』を自分のものとしてその力を引き出せるようになった者たちが集まる対魔の柄の構成員は対魔師と呼ばれていた。

 対魔師たちの強さは人類の中で頭一つ抜けており、圧倒的な力で魔族との戦いを有利に進めていく。


「何で僕がこのところに……」


 そんな対魔師たちで構成されている対魔の柄。

 その組織が世界中に構えている支部の一つへと僕は本当に嫌々ながら、引きずり出されるような形でやってきていた。


「そろそろお前も外に出る頃だろうっ!」


「……」


 そんな僕の隣で意気揚々とした態度を見せているルータを見て、げんなりとした気分を抱えながら何とかため息だけは我慢する。


「……だとしても、僕がここに来るはないよ。僕は魔族への恨みなんてないよ。ここの雰囲気にはあわない」


「別にそんなの気にすることはないさ。私も対魔師だが、別に魔族への強い恨みがある訳でもない。最強たる私に相応しき地がここだっただけだ。復讐者が集まっていたのは最初だけで、今、ここに属しているのは様々な思惑を抱えている者たちだ。お前だって受け入れられる」


「……僕はこのまま消えて死んでしまいだけなのに」


「ほら、入るぞ」


 全然乗り気ではない僕を無理やりにでも動かして、対魔の柄の支部の中へとルータは進んでいく。


「私が最近、面倒を見ることになった小隊があってだな。そこの人員が足りないので……お前を引き込んでしまおうと思ってな」


「……まともに戦闘なんてしたこともないのに、僕は」


「貴方なら何とか出来るでしょ」


 ぶさくさ文句を言いながら、僕が引きずられていったの先。

 対魔の柄の支部の中にある一部屋へと僕は入っていく。

 そこにいたのはかなり大柄で筋肉質な一人の男と、スタイルの良い金髪の少女、仮面でその素顔を完全に隠して体までもゆったりとしたローブで覆ってしまっているような性別不肖の人物だった。


「うちの小隊は基本的に低位の対魔師四人と高位の対魔師一名からなる計五人より成り立つ。ロワは三人しかいなかった中でさい───」


 他の人が待機していた部屋へと入って、ようやくしなければならないであろう説明を開始し始めたルータが口を開いて、不思議なほどに堂々たる態度で言葉を語っていた。

 そんな途中で。


「なぁーに、この子っ!可愛い」


 金髪の少女が動き出した。


「はぶっ!?」


 急に動き出したスタイルの良い金髪の少女は、僕の方へと突撃してきてそのまま抱きついてきた。


「ぐぇー」


 強引に首の方から抱き着けられて、顔を金髪の少女の胸元へと押し付けられている僕は悲鳴を上げる。

 首が強引に押さえつけられている、口も塞がれているせいでうまく呼吸も出来ない。

 僕は自分の体から体温が抜けていくのを感じる。


「……あらぁ」


 そんな様子を見て、ルータは何か他人事みたいな面をして悠長な声を上げるだけだった。


「……ぶぐぃっ」


 その果てに、僕はあっさりと意識を手放して体から力を手放す。


「って、えぇぇぇえ?!」


「お、おいっ!?まさか、おまっ……殺したのかっ!?」


「……ッ!?」


「い、いや!?わ、私は、そんな……殺すつもりじゃっ!」


「大丈夫だ。気にすることじゃない。こいつが軟弱すぎるだけだ」


「……いや、大丈夫じゃなくないっ!?つまりは、私が殺しちゃったことじゃん!?見て、もう呼吸していないし。体にも力が一切感じられないよっ!?」


「おまっ!?マジかよ!?何してんだよっ!」


「ど、どうすればぁ……っ!?」


 一度全身から抜け落ちていった力。

 だが、それはすぐに僕の内側から湧き上がって来て、また、動けるようになる。


「……手を放して」


 そして、一度は閉ざしてしまっていた瞳を再度開けた僕は自分の方を掴みながら涙目となっている金髪の少女へと口を開く。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 そんな僕を前にして、まるで幽霊でも見たかのような表情と共に金髪の少女は驚きの声を上げる。


「な、何で……えっ!?」


「はぁー」


 そんな金髪の少女がいる中で、僕はため息を吐きながら、金髪の少女の手をやんわりと払いのける。


「し、死んだふり?」


「何て僕がそんなことしなきゃいけないのさ。普通に死んだよ」

 

 対して体を鍛えてもいない僕が物騒な対魔師とかいう連中の一人に絞められて無事でいられるはずがない、普通に考えて。

 僕はバッチリと死んでいた。


「こいつ、死ねないんだわ」


 なら、何でこうして動いているか。

 その答えを僕の隣にいるルータが勝手に話してしまう。


「こいつは祝福……とは違うものによるものなんだが、こいつは死んでもすぐに生き返るという特異体質なんだよ。だから、平気だったのさ」


「そうだね。僕は一回死んで、また戻ってきた」


「えぇっ!?何その能力!反則じゃんっ!」


「……」


 死にたくでも、絶対に死ねないというのは悲劇でもあるけど。


「というわけでほら、お前は元の位置に戻ってくれ。話が何も進まん」


 僕についての話を聞き、大男と金髪の少女が驚いているような中で、ルータは話を進めたいからと声をかける。


「うむ。そうだな」


「は、はーい」


 そんなルータの言葉に二人は大人しく従っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る