奈落の王



レオナルドの前に広がる薄暗い空間の中、彼は再びその声を聞いた。今度はより鮮明に、冷たく高慢な響きを持つその声が、心の奥深くまで染み込むように響く。


「我が名は“奈落の王”デイモス。生と死の狭間を支配する存在だ」



レオナルドの体が小さく震えた。奈落の王──それは伝説や古い書物に登場する、死者の魂を操り、アンデッドを統べるとされる恐ろしい存在だった。恐れと共に、彼はその強大な力を感じずにはいられなかった。


「デイモス…、お前が人間に戻る方法を教えてくれるのか?」


レオナルドが半信半疑のまま問いかけると、デイモスの声が嘲笑うように響いた。



「人間に戻る?フフフ、愚かだな。しかし、その愚かな執念こそが、お前を“特別”な存在へと導く力となる。お前に我が力を授けよう。その代わり、私の名の下に、この迷宮の奥深くへと進むがいい」


「迷宮の奥…?」


「そうだ。そこには“奈落の封印”がある。その封印を解き放つことこそ、私の望みだ」



レオナルドは息を飲んだ。奈落の封印、それは遥か昔にこの迷宮の最深部に施されたとされる封印で、あらゆる邪悪が閉じ込められていると噂されている。しかし、もしデイモスの力を借りることで自らを進化させ、さらなる力を得ることができるのなら、彼の願いである人間への復帰も遠くないはずだと感じた。


「その封印を解くことで、俺は人間に戻れるのか?」



「封印が解かれることで、お前にはさらなる“存在力”が備わるだろう。それが人間の姿に近づくための鍵となるのだ。だが、忠告しておく。封印が解かれれば、この迷宮全体に危険が及ぶだろう…それを承知の上で決断するがいい」


レオナルドは迷いながらも決意を固めた。自らの存在に意義を持ち続けるために、そして人間としての生を取り戻すために、この契約を受け入れるしかないと。


「分かった。お前の望むままに封印を目指そう」



そうしてレオナルドとデイモスの契約が成立した瞬間、彼の中に圧倒的な力が流れ込んできた。闇の底から湧き上がるような力が彼の身体を満たし、今までにないほどの強さを実感する。


だが、その背後に感じる不穏な気配を、彼は振り払うことができなかった。この契約が彼の未来に何をもたらすのか、それはまだ誰にも分からない。そして、デイモスとの契約が彼に課す「代償」がどれほど重いものなのか、レオナルド自身もまだ知る由がなかったのだった。

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