レオナルドは帰りたい
暗い迷宮の中を歩き続ける。無意識に剣を振るい、襲いかかる無数の亡者を倒してきたが、それすらも次第にぼんやりとした行為に変わりつつあった。まるで、何かを見失い、ただ命じられるまま動く人形のように。
だが、ふとした瞬間、俺の脳裏に何かが閃いた。ずっと忘れていた、いや、押し込められていた記憶の欠片が、唐突に蘇る。
──レオナルド。
その名前が、どこからか聞こえた。いや、それは俺自身の名前だ。
「……レオナルド……」
自分の口で、懐かしい響きを紡いでみる。かつて、仲間たちに呼ばれていたその名。それは、命をかけて守りたいと願った、自分自身の象徴でもあった。
どうして今まで忘れていたのだろう? それも当然だ。死の淵をさまよい、アンデッドとして蘇った時、俺はあらゆる感情と共に自分の名前も捨ててしまったはずだ。だが、今こうして思い出している。俺は、レオナルド。あの暴君の命を受け、迷宮に挑んだ騎士団の一員だった──否、ただの一員ではない。俺には、帰らなければならない理由があった。
ぼんやりと浮かび上がる一つの面影。かつて護りたかった誰か……俺には、守るべき人がいた。思い出すのは、彼女の微笑み。遠い記憶の中で、確かに俺を待ってくれていた誰かがいた。
「俺は……帰らなければならない……」
自分だけが意識を保っている理由は、もしかしたらこれなのかもしれない。この暗い迷宮の中で、無数の魂がさまよい、意識を失い、ただの操り人形に成り果てる中、俺だけがわずかにでも意識を保っている理由。それは、この世に未練があるからだ。いや、まだやり遂げていない使命があるからだ。
だが、迷宮に囚われている以上、それを果たすことなどできない。体が腐り、心が蝕まれ、やがて完全なアンデッドになれば、俺もまたただの迷宮の一部となるだろう。その時には、レオナルドとしての自分も完全に消えてしまう。
「こんな場所で終わるわけにはいかない……!」
虚ろだった瞳に、僅かな力が宿る。自分の指先が剣の柄を握りしめる感触が、少しだけ確かに感じられる。かつて誓った守護の意志が、命の残り火として胸の奥で燃えている気がした。
「俺は、帰る……!」
その一言が、闇を切り裂くように響く。たとえこの体が朽ち果て、意識がどれほど薄れても、俺には戻るべき場所がある。そのために戦う意志が、心の奥底で蘇っていく。
前へと歩み出す。迷宮の奥深くから湧き上がる瘴気が体を蝕もうとも、もう怯むことはなかった。足を前へ出すたびに、心の中に残る光がわずかに広がっていく。俺は、再びこの暗闇から脱出し、守りたいものを守るために戦い抜くのだ──レオナルドとして。
闇に染まった迷宮の中、朽ち果てた鎧に包まれた男の目には、確かな意志の輝きが戻りつつあった。それは、たとえ何度倒れても、決して消えることのない炎のような輝きだった。
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