家族のもとへ

自我の芽生え



闇の中を、重い足音だけが響いていた。鈍い音を立てて、朽ちた鎧が擦れる。かつての仲間の亡骸が散らばる道を進みながら、俺の意識はますますぼやけていった。朧げに残る記憶が、淡く霧のように消えかけている。


「……俺は、何のためにここにいる?」


自分が問いかけた言葉に、誰も答える者はいない。いや、それどころか、誰もいない。周りを見渡せば、ひんやりと冷えた空気と、蠢く闇だけがある。この迷宮には、明確な終わりもなければ、救いの光もない。


ふと、遠くからわずかな音が聞こえた。金属が床を引きずるような音。それは耳障りな響きで、俺の意識を再び引き戻した。音の方へと目を凝らすと、ぼんやりと人影が浮かび上がる。いや、人影というにはあまりにも異質で、歪な存在だ。


「……お前も、かつての仲間か?」


声をかけるつもりで口を開いてみたが、乾いた喉から出たのは低い唸り声だけだった。相手もこちらを見ているが、かつての彼の面影はない。ただ、虚ろな目で、俺に向かって歩み寄ってくる。その動きは、人間らしい躊躇や意志など微塵も感じさせない、冷徹な機械のようなものだった。


戦うしかない。俺の指は自然と剣を握り締める。かつて誇りを持って戦いに挑んだその手が、今やただ敵を屠るために剣を握るだけの存在になり果てた。かつての誇りや使命感はどこへ消えたのだろうか?


振り下ろされた剣が相手を裂き、重い音を立ててその躯が崩れ落ちる。その瞬間、かすかに彼の中から漏れ出る光が、俺の目に焼きついた。それはまるで、かつての人間らしい温もりを思い出させるかのようで……けれど、すぐに消えてしまった。


「何故、こうなってしまった……?」


自分でも答えが出ない問いを呟きながら、俺は再び歩き始めた。どこかで止まりたいと思いながらも、身体はなおも迷宮の奥へと導かれていく。それは、生前の俺の意志ではなく、迷宮が支配する意志。自分の存在がこの迷宮の一部となり果てた証なのかもしれない。


そして、闇の深淵は尽きることなく広がっている。まるで、生きとし生けるものの絶望を全て吸い込み、満たすかのように。


歩き続けるたびに、かつての仲間の姿が思い出せなくなる。彼らと交わした言葉も、過ごした時間も、全てが遠い過去の夢のようにぼやけていく。いつか、自分自身の名前すら思い出せなくなるかもしれない。それでも、この足は止まらない。


俺は、果てしない迷宮の中でただ彷徨い続ける運命なのだ。


やがて、俺自身も、迷宮に飲まれた“何か”になってしまうのだろう。

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