あるアンデッドの独白
目を覚ますと、そこは闇の中だった。朧げな意識の中で、自分が誰なのか、ここがどこなのかすら曖昧だった。だが、冷たい空気が皮膚にまとわりつき、腐敗した鉄の匂いが鼻腔をつく。否応なく、目覚めざるを得なかった。
手を見つめる。かつては血を通わせ、力を振るったはずの腕が、今は白く、骨ばった姿に成り果てている。鎧の隙間から覗く皮膚は、薄暗い迷宮の光を受けて青白く、かさかさと乾いた音を立てて動くたびに砕け落ちる。まるで、自分の体ですらないかのようだ。
──そうだ、俺は騎士だった。王の命令を受け、迷宮の深部を目指した3000人の中の一人。誇りを胸に進んだはずだった。死など恐れぬと、自分を鼓舞しながら剣を握り締め、仲間たちと共に前へ進んだあの日。だが、その先に待っていたのは、絶望と屈辱、そして死だけだった。
記憶が途切れ途切れに浮かび上がる。仲間が次々と倒れ、無残に散っていく姿。声をかけたくとも、叫びたくとも、声が出せない。剣を振り上げようとしても、腕が重く、力が入らない。俺の目の前で、血に染まり、苦しむ顔が消えていく──。
気が付けば、己もまた死を迎えていた。命を失ったはずの俺が、こうして再び立ち上がっているのは一体なぜなのか。胸を刺す痛みもなければ、心臓の鼓動もない。ただ冷たく、空虚な何かだけがこの身体を動かしている。
そうだ、俺はもう人間ではない。迷宮に飲み込まれ、魔力に蝕まれた存在。意識は曖昧で、何もかもがぼやけている。だが、ひとつだけ確かなことがある。
──帰れない。
ここは永遠に続く地獄。かつての仲間たちも、今や敵として俺の目の前に立ちはだかる。彼らの瞳には、生前の意志も、誇りも、何ひとつ残っていない。俺もそうだ。けれども、心のどこかで叫び続ける声がある。「このままでは終われない。俺は、戻らなければならない」と。
剣を握る手に、わずかな力がこもる。もはや自分の意思か、迷宮に縛られた本能かも分からぬまま、俺は一歩、また一歩と深部へと歩みを進めた。死してなお、抗うように。
だが、その果てに何が待つのかは、誰も知らない。
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