#2 晴山 英一
な、ななな何も見てないですって!
やめてください、ボクに何も聞かないでください! ボクは何も見てないんですってば!
来ないで! いやっ、く、来るな!
何、やめてください。深呼吸? ボクは落ち着いてますよ。お願いですからこっちに来ないで。ボクは何も知らないんですって!
ちょっと聞きたいだけ? またそんなこと言って! そうやってお前もあの男みたいにボクから何でも聞き出そうとして! そうはいきませんよ!
えっ? 誰かに何かを話したのか? い、いいい、いや、そんなわけないだろうっ!
いいですかボクは何も見てないんですよ!
え、昨晩蔵に行ったか?
い、いいい行ってませんよ! ボクはただ、その……だから、婚約者として、桜子さんの、いやだから違う……。
何も見てない! いいですね!?
何をしてるって、そりゃあなた、帰るんですよ。こんな屋敷、いくらお母様の言いつけとはいえ来るんじゃなかった。昨晩はそのぉ、道が暗くて帰れなかったんじゃなくって、迎えが朝しか来られないから、だから仕方なく一晩泊まっただけなんですからねっ!
え、桜子さんとの婚約?
そんなもの破棄ですよ! いいや、ボクの経歴に傷がつくことを考えたら、そもそも婚約の事実さえ抹消したいぐらいだ。こんなことなら、米田財閥の彼女との婚約を優先するんだった!
え? ええ、まあ。そうです。米田社の社長の娘でね。
大学時代から、両方と付き合っていたんですよ。常に、リスクを考えて選択肢を多くする。成功者の誰もが実践している勝ち筋です。当然でしょう?
桜子さんとも大学で出会ったのか?
ああ、まあ。そうですね。桜子さんとは図書館でね。言っておきますけどボクから声をかけたわけじゃありませんから。
ボクはあくまで、たまたま、たまたまですよ、たまたま! 彼女と同じ講義を選んでいて、そのレポートのために必要な資料を、たまたま! 桜子さんと同じ時間帯に図書館で探していたというだけなんですからね。
あ、ああ。
婚約は、まあそうですね。流れみたいなものですね。全く。お母様のもたらしてくれるお話はいつだってボクにとって幸運の証なのにあの女――いや、なんでもない。
ふふん。君みたいな人間には分からないかもしれませんけどね。今の時代だって、そういう大きな権力による意思決定はあるんですよ。
ま、ボクたちとは違う世界の人たちはね、自由恋愛だなんだを精々謳歌してくださいよ。
ねえ君、ボクが誰かぐらい知ってるでしょう?
そう、晴山の人間です。
それだけ言えばわかるでしょう?
は、分からない?
君ねぇ。晴山の人間と、
はぁ、もういいです。どっちにしろ結婚なんて白紙なんだから。
荷造りをするのであっちに行ってもらえませんか? 朝になって迎えが呼べるようになったからには、ボクは一刻も早く帰るんだから。
あんな……あんなモノを見て、ボクは心底気分が悪いんだ。
え、蔵で何か見たのかって?
み、みみ、見てないに決まっているだろう!
<続>
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