第4話
奈々恵は、カウンセラーに、ぽつりぽつりと姉の様子を話していく。
何もできずに、ベッドの中で唸っている時が多いこと。調子が良ければ、時々起きてきて、奈々恵と楽しそうに話す時もあること。あまり食べない時は、無理してでも食べさせないと、全く食べなくなってしまうこと。
そのために目に見えて痩せていく。
友達付き合いは殆どない。
「突然、全てを遮断する時があります。家族にさえ会うのを拒絶するんです。部屋の鍵をかけ、出てこなくなります。姉によれば、精神を研ぎ澄ましているのだと……」
そして、突然出てきたと思ったら、アトリエに籠もる。絵を描き始めると、眠らなくても食べなくても平気になる。
ふと筆を置いたかと思うと、急にお洒落を始め、奈々恵をつれて買い物に出る。使う金額が半端ではない。
食べきれないほどの食べ物を買ってきて、食べたいだけ食べる。そして、また何日もアトリエに籠もる。
暫くすると、妹を伴って、ホストクラブに行く。その時のお気に入りを連れて帰る。金を与え、寝る。
急に飽きたように、男を捨てると、またアトリエに籠もる。
絵が一枚仕上がった時には、姉はボロボロになっており、マネージャーと妹に後を任せ、部屋で死人のようになる。
夜中、ずっと泣いている時もある。
近所のクリニックで薬をもらってからは、この落ち込みが随分ラクになったようで、食事もちゃんと摂り、話もちゃんとできるようになっていた。
しかし、浪費癖、男癖は、以前よりひどくなったように思う。
奈々恵は、頭の中で一つ一つ確認しながら、佳奈恵の生活や行動を詳しく話した。
問診と、検査の結果、姉の病気がわかった。
「双極性障害」、過去には「躁鬱病」と言われていた病気だった。
姉は暫く入院することになった。
薬も、双極性障害のための、ちゃんとした薬になった。出されていた抗鬱剤は、躁状態を引き起こすため、逆効果だったのだ。
姉には週に2度くらい、15分くらいの面会に行くだけだ。
奈々恵に、たっぷりの時間ができた。
奈々恵は、姉が23歳で発病してから4年間もの間、ずっと彼女の介護をしてきた。
やっと自分自身の時間ができたことで、お洒落をして友達と出かけたり、好きな人に告白し、うまくいったり、人生を取り戻しつつあった。
しかし、3ヶ月後、姉が退院してくるという。
ずっと入院していてくれればいいのに……。
ふと、そんなことを考えてしまう。
いや、佳奈恵の味方は自分しかいないのだ。
本当に彼女を理解している人間は。
そう自分に言い聞かせていたとき、藤原から電話があった。
「新作、500万の値がついたよ!」
世の中には、自分よりもっと佳奈恵の芸術を理解してくれる人がいたのだ……。
姉は、独りぼっちにみえて、とても沢山の人に評価され、華々しい生き方をしているのだ。
その事実は、彼女を打ちのめした。
姉に対する気持ちが、大きく変化し始めたのだった。
退院してきた佳奈恵の世話を、また甲斐甲斐しく始めた奈々恵。しかし、そこに同情の気持ちはなかった。ただ、姉のことを、自分の人生にぶらさがってきて、若い時期を4年間も邪魔していた者だとしか思えなくなっていた。
ある日の夜、奈々恵は、姉に夕飯後の薬を飲ませるのを忘れてしまった。深夜、起きた時に思い出したが、まあ明日の朝飲ませればいいだろうと、軽く思っていた。
ガタガタガタッ!!
明け方、姉の部屋から何かが倒れたような音。
慌てて、姉の部屋のドアを開ける。
「寒い……寒い……気持ち悪い……気持ちわ……」
佳奈恵が倒れて苦しんでいた。
「吐く……吐く……」
奈々恵は慌ててゴミ箱を差し出すと、姉はゴミ箱の中に激しく吐いた。
「起きていられない。でも、吐き気が酷くて……トイレに行こうとしたら、目眩がして転んで……ウウッ……ナナ、ナナ、お水を取って」
水を飲むと激しくむせて吐いた。
「水が気持ち悪くて飲めない」
ずっと奈々恵は背中をさすっている
なんで姉はこんなことになったのだろう?
思いつくこと……昨日の夜、薬をちゃんと飲ませなかったということだけだ……。
ふと、姉のテーブルの上を見て驚く。
前の日の朝の分も飲んでいない。そうだ、朝、姉の食事の片付けに部屋に行った時に、家の電話が鳴って、それに出るために、部屋を出た。
姉に薬を飲むよう促しただけで、チェックをしていなかったのだ。姉は丸一日、薬を飲まなかったことになる。
これが、悪かったのだろうか。
素人判断で勝手なことはできず、救急車を呼んだ。
結果、離脱症状だと言われた。
離脱症状とは、禁断症状を指すらしい。薬を急にやめたことによる症状。
薬をちゃんと飲むようになれば、治ってくるでしょう、との医師の言葉に、奈々恵はホッとすると同時に、入院する必要はなかったのか……思ってしまっていた。
せっかく自分の時間が持てると思ったのに。
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