第2話
「
同僚の
「今晩?」
奈々恵は、弁当を食べる手を止めて、彼女を見上げる。
「合コンなんだよね。女子が一人足りなくてさ。よかったら来てくれないかな?」
八田亜美は可愛い笑顔でそう言った。確か亜美は、今朝フワフワした可愛いワンピースで出社していた。制服に着替えているが、化粧はバッチリだ。
それに比べ、奈々恵は薄化粧しかしていない。髪は後ろで束ねただけ。銀縁の眼鏡。私服も、何の飾りも付いていないシャツに無地のパンツ。アクセサリーとは縁が無い。そんな貧相な子を連れて行って、自分が目立ちたいのだろう。奈々恵はそう思った。それに……
「ごめんなさい。姉の調子が悪くて……」
嘘ではない。あれは、調子が悪い時の姉なのだ。もっとも、どの姉も調子が良くは見えないけれど。
「そう……お姉様、大変な病気なの?」
上っ面だけの心配。
「ううん。風邪をひいただけだから」
「そう。……じゃあ、他を当たるね。お姉様、お大事に」
「ありがとう」
私の周りは嘘だらけだ。そう奈々恵は思う。私が一番嘘つきかもしれないけれど。
姉の世話をしないといけなくなると、自分の日常が制限されてしまう。虚しい思いを抱えながら、それでもまた、姉のいる家に戻らねばならなかった。
佳奈恵と奈々恵は、父、
幼いときから2人仲が良かった。姉の佳奈恵は、絵を描くのが好きで、妹の奈々恵は、ままごとが好き。よく、2人で互いの絵を描きあったり、祖母が買ってくれた木の小さな台所セットで、ままごとをしたりして、楽しそうに遊んでいた。
しかし、大きくなるにつれ、性格が全く違ってくる。
カリスマ性があって、友達も多く、積極的な佳奈恵。学校でも人気者で、児童会長、生徒副会長を務める。
一方、おっとりした性格の妹、奈々恵には、友達づきあいはあまり多くはなかったが、親友と呼べる子は何人かいた。あまり社交的ではなく、佳奈恵の妹だということも忘れてしまわれていることも少なくなかった。
佳奈恵は、絵の才能で、高校も芸術コース推薦、大学も有名美大へ進学。
幾つもの賞を貰い、学生時代から「画家」としての揺るぎない地位を築いてきた。
今は、藤原というマネージャーを通して、絵画を売っている。
一方で、平凡な人生を送ってきた奈々恵は、家政科のある短大へ。
卒業後は、家事をしながら仕事ができる、派遣会社に登録。
身体が弱い母を気遣い、家事を積極的に手伝ってきた。
奈々恵が23歳の時に、母の百合子が亡くなった。
そのショックで、佳奈恵は人が変わってしまったようになった。
絵のスタイルも大きく変わり、それまでは色鮮やかな人物画や賑やかな街を現代アートのように描いていたのに、急に抽象画を描くようになった。
絵を描いている時は、異常なまでに精力的になり、実は、他にも問題行動がある。父や妹にさえ思考が理解できないことも。
描き終わると、ボロボロになって、動けなくなる。何もできなくなるのだ。
奈々恵は、母が亡くなった後、そんな姉や、父を支えるため、家事一切を請け負うようになった。
何もできなくなった時の姉の世話も、姉が絵を描いている時の気配りも、奈々恵がする。いつの間にか、それが当たり前のようになっていた。
作品を仕上げ、今度は部屋に籠もる姉の様子を見に行った。
「少しは食べたほうがいいよ、お姉ちゃん」
「食欲がないの」
「殆ど水しか摂ってないでしょ? このままじゃ、病院で点滴射ってもらうしかなくなるよ?」
「病院は嫌よ」
「じゃあ少しでも食べて。今、お粥か何か作るから」
「……わかった」
落ち込みが酷い時には、食べることも眠ることもできなくなる姉。
誰にも言わないでねと、看護師をしている親友に相談すると、
「それって、『鬱病』かも。早めに病院に連れて行ったほうがいいよ」
と言われた。
「でも『鬱病』って全く気力がなくなるんじゃないの? 姉は、元気な時は元気なのよね」
「んー。医者じゃないから、私にもはっきり判るわけじゃないからね、一回病院で診てもらったほうが。」
「……わかった。ありがとう」
鬱病かも知れないから、病院に行こうと言って、姉が、素直に応じるとは思えなかったけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます