第4話 不思議な君。

 自宅から海まで歩いてきてわずか10分ほどでまた引き返すことになった。そして、隣を歩く君がいる。会話はするものの、この状況をうまく読み込めず、ピンとこないまま君と歩いていた。話をしていてわかったことは、君の家は海からほど近く、俺は夕方、ビーチに行くことが多いということに対し、君は反対に夜ひとりでくることが多かったということだけだった。そうとすると、今夜海で会ったことはたまたまだったのだろうか。タイミングがあっただけだろうか。

 ほどなくしてアパートが見えてくると君は言う。

 「ここに住んでたんですね」

 「わかるの?」

 「地元ですから」

 俺はたしかに、と頷く。

 「お邪魔します」

 そう言って君は部屋に入った。「結構綺麗にしてるんですね」

 「まだ住んだばかりだし、物がないだけじゃないかな」

 「いい部屋だな、遊びにきたくなっちゃうな」

 「もうきてるだろ」

 「まあね」君は少しだけ、おどけてみせた。

 「さて、なにしよう?」

 「ご飯は作ってもらっても困るよ今日は」

 「ゲームとかします?」

 「しないよ。てかないよ、ゲーム」

 「うーん、困ったなそりゃ」

 「車で送るから今日は帰りなよ、もう夜中、1時なるよ」

 「えー、せっかくきたのに」

 「絶対今日じゃなかったと思うよ。来るなら」

 「わたしのこと送ったら、また帰ってきてなにするんですか?」

 「いや、寝るよ」

 「じゃあもう、寝ちゃえばいいじゃないですか」

 「君はなにするんだよ」

 「わたしも寝ようかな」

 要は君は、今日誰かと寝たかったのかと思った。ただ単に誰かと寝たかったのか、その先を行きたかったのかはわからないけれど、それは良くないことに思えた。

 「いや、それはまずいから」

 「一緒になんて言ってないじゃないですか」

 「俺だって言ってないよ」君がたしかに、と笑う。

 「まあまあ、ほら、来て」

 君は服装もそのままに、俺の布団に入った。もう今日は腹を括ろうと思った。大丈夫、なにも起きない、なにか起きても、俺が手を出さなければ、どうにもなり得ない。君が強引で強引で、もう俺の方が服を脱がされ、襲われるくらいのことが起きれば仕方ない。やる時はやるしかないのだと思い込むことにした。

 俺が黙って布団に入ると君はキャーと喜んだ。

 「なんだかんだで来てくれる」

 「布団これしかないし」

 「変なことしないでね」俺は無視することにした。気にしないけどいつのまにか君はタメ口になっていた。

 「朝、送るから。もう遅いし眠いし、君も早く寝て」

 「ええ、もったいないですよ。お話しましょうよ。合宿みたいで楽しい」俺の横で君がはしゃいでいる。もう眠りたかった。

 「たばこ吸ってくる」

 「待って」立ち上がろうとした俺を止めた。

 「なに?」

 君は、はじめて真顔になって言った。

 「わたしの隣で吸って欲しい」

 「なんで。臭くないの」

 「好きなの、たばこの匂い」

 君は真顔のままだ。

 「そうなんだ、わかった」

 灰皿を布団のそばに引き寄せて火をつけた。一口目を吸い込んでカーテンの方に吹かした。その動作を君はじっと見つめていた。

 「リラックスして吸えないだろ」

 「ね、たばこって、おいしい?」子供のような顔だなと思った。

 「まあ、うまいよ。まずければ吸わないでしょ」

 「どんな感じがするの?」

 「どんなって。まあ、落ち着く?吸いたくなるから吸って、落ち着くみたいな感じかな」真面目に答えている自分を少し意外に思った。

 「ふーん」

 「なんだよ」

 「海では吸わなかったでしょ?」

 「たまたまだよ。まああまり吸わない人がそばにいたら吸わないようにもするし」

 「わたしがそばにいるときはさ、吸って欲しいの」

 「え?」

 「わたしのそばでは、吸って」

 「そんなに匂いが好きなの?」

 「うん。お願い」

 「よくわかんないけど、わかった」

 「ちゃんとわかって!」

 「わかったよ」俺はあまりの押しに少し苦笑いする。

 最後の一口を深く吸い、煙をふかしながらたばこを灰皿の中でもみ消した。

 「寝るよ」

 「うん」

 「寝るんかい」

 「寝ないの?」

 「いや、寝たがらないかと思ったから」

 「寝るよー、明日もお仕事でしょ?」

 「どの口が言うんだよ」

 「まあね」

 電気を消して、部屋を暗くする。二色灯をつけていない部屋は真っ暗闇だ。少し君が動くのを感じた。上着のこすれる音がした。

 「上着くらい脱いだら。暑くなるよ。かさばるし」

 「エッチ」

 「はいはいおやすみ」

 君は、冗談じゃない、と小さく笑いながら体を起こし上着を脱いだ。君の腰のあたる感触と音で、畳んで上着を布団のそばに置いたのだと思った。また横になった君の体が近い。これから眠るのだと意識をした途端、君の存在をひどく、近くに感じた。君の肩が、俺の肩の少し下の方に触れている。それだけで、君の息づかいを感じる。吸う、吐く、吸う、吐く。君の控えめの、でも確かに膨らんでいる小さな胸の、浮き沈みを想像する。上がって、下がって、上がって、下がって。

 「先輩」

 唐突だった。

 「んー」

 「先輩、またここに、来てもいい?」

 「まあ、いいよ」

 「ありがとう」

 「うん」

 「おやすみ」

 俺は、おやすみ、と返す。どうしてか、なんだか悪くない気持ちがしていた。

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