第16話 二人の息子
梅吉(敬四郎)は葎の在宅を確認して屋敷を訪ねた。
門を入ると庭木の手入れをしていた初老の男が丁寧にお辞儀をすると、
「敬四郎様で御座いますね。主人がお待ちですどうぞお上がり下さい」
と玄関に案内した。
庭に面した廊下を行き、一番奥の部屋の前で声を掛ける。
「お客様をお連れ致しました」
「お入り頂いて」
懐かしい紛れもなく葎の声であった。
「御無沙汰致しました」
「面をお上げ下され」
敬四郎はゆっくり顔を上げて床の間を背にした葎を見た。
変わらぬ美しさに思わず溜息をつく。
「如何された?」
「葎様のあまりのお美しさに、心がときめいて御座います」
「お戯れを」
下女の貞がお茶を持って来ると、
「暫くは控えて居る様に。呼んだら連れて参れ」
「畏まりました」
貞が下がると、葎は敬四郎の後ろに回って抱き着いた。
「急に如何された?」
「満たして下され」
葎は敬四郎の手を取ると、襖を開けて次の間に入った。
そこは嘗ての葎の部屋で、寝具が用意されてあった。
葎はサッサと肌着になると、敬四郎の羽織の紐を解き、帯を解いた。
葎は敬四郎の体を愛おしむ様に愛撫して、久しぶりに体の芯に充実感を味わう。
敬四郎もその相性の良さを堪能し、お互いの反応を愉しんで入った。
隣りの部屋に戻ると火鉢の上に薬缶が湯気を立てて置かれてあった。
飲みかけの茶碗は新しい物に換えられてあったので、敬四郎が急須に茶葉を入れて注いだ。
「葎様また種を取られたか」
裸の付き合いともなると、この様な不躾も許されたものだ。
「女の子が欲しゅうて」
如何やら先の子は男であったようだ。
「他人としてで良いから逢わせては呉れまいか」
葎は手鏡を覗いて居住まいを正すと、床の間にぶら下がっている赤い房の付いた紐を二三度引いた。
すると貞が御連れしましたと声を掛ける。
「どうぞ」
障子戸が開くと男の子が二人、廊下に伏していた。
「お入りなさい」
葎は優しく声を掛け、手招いた。
「お客様にご挨拶なさい」
見れば顔立ち背格好ともそっくりである。双子であった。
長男であろうか、向って右手の子が右手左手とついて、
「慶五郎にございます」
と挨拶した。
続いてその後ろに座っていた子がにじり寄る様に前に出ると、兄に倣って両手をつくと、
「慶七郎に御座います」
と深々とお辞儀をした。
「花房町で仕出し料理人を致しております梅吉と申します。若様方にお会いできて光栄に存じます」
他人行儀な言葉で挨拶すると、胸を突き上げる何かを感じて感無量であった。
この子たちが間違いなく己の子であると思えるほど顔立ちが似ていたのである。
細かく見れば鼻の形や耳朶など自分にそっくりであった。
母親の葎は満足気に三人を見ていた。
「下って宜しい」
二人は廊下まで下がるとお辞儀をして下がった。
「よく躾けておいでだ」
「おばあ様も厳しい方ですからね」
葎は何れも満足していた。
「実は貴方をお呼びしたのは二人の息子に会わせたかったことと、今一つお願いがあるのです」
「何なりと申されよ」
すっかり武家言葉に戻っていた。
「豊川の家はご存じのように奥女中の家柄となりましょう。女であればその道もありましょうが、慶五郎、慶七郎は上様や上役の方のお目に適わなければ、何処か養子に入らなければ立つ瀬は御座いませぬ。二人とも剣術と学問は身に付けさせますが、慶五郎は番方としてお役に就けられるようにしたいと思うておりますが、慶七郎はどうも気が優しいようなので、敬四郎様の元で料理人として修業させては頂けませぬか。
二人ともご覧頂きましたように『
「分かり申した。何時でも結構です」
「有難うございます。ところで敬四郎様は何かお困りのことは御座いませぬか、何なりとお話下され。私の出来ることであればお力にもなりましょう」
敬四郎は無駄な事とは思いながらも、料亭の出せる土地建物を探していると話したのである。
「どのくらいの大きさなの」
「百から百五十坪は欲しいが、手頃なものが無いんだ」
そう聞いた葎は暫く考えていたが、何か妙案でも浮かんだのだろうか、ポンと手を打つと敬四郎に向かってこう言うのであった。
「ここは三百坪あるので、半分を料亭にしましょうよ。義母に相談してみるわ」
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