第11話 防衛会議

会議室には鋭い声が飛び交い、空気には張り詰めた緊張感と苛立ちが漂っていた。


「ドンッ!」


激しい音とともに、ひとりの男が拳をテーブルに叩きつけた。会議室内のざわめきが一瞬だけ止まり、全員の視線が彼に集中する。


「ふざけるな!シンセティックチャイルドを投入する話だったんじゃないのか!」


正面に座っていた東洋人の男性は、額に浮かぶ汗を拭いながら、視線を泳がせ、言葉を絞り出すように答えた。


「いや……彼女はまだ成長段階にあります。せめて、もう少し時間をいただければ……」


「今更なにを言ってる!?他にどうやってナイトメアセンチネルを倒すつもりだ?説明しろ!」


「まぁまぁ、落ち着きましょう」


会議で最も重役らしき男が二人の間に割って入った。


「ガビルさん、ヴァンガードセクトのリーダーとして、これ以上、戦死者を出したくないというお気持ちは、私も十分理解しています」


重々しい口調で語る男の視線は、隣に立つ東洋人の男性、チャオに向けられた。


「そしてチャオさん、バイオ兵器開発部門の部長として、倫理的に難しい判断を迫られていることに悩んでいるお気持ち、それも私は理解しています」


その声は冷静でありながら、一切の妥協を許さない鋭さを含んでいた。


「ですが、ここには30万人もの人々が暮らしている企業都市です。その中で、私たちに求められている最優先事項が何であるか……もうお分かりですよね?」


男の言葉が突き刺さるように響き、チャオは何も言えず苦々しい表情を浮かべたまま視線を伏せた。


「そうです。この企業都市アーコニアを守ること。それこそが私たちにとって最優先、唯一無二の使命なのです。ガビルさん、ナイトメアセンチネルをヴァンガードセクトで倒せますか?」


ガビルは悔しそうに首を横に振った。


「オーバーマインドとリンクしたシールドドローンが厄介だ。 A Iでこっちの動きをリアルタイムで解析しながら戦闘してくる、近接戦闘が得意なエージェントもいるが…エナジーブレードなしに、サムライの刀で鋼鉄のドローンと戦えってのか?」


「では、チャオさん。シンセティックチャイルドを使えばナイトメアセンチネルを倒せるのですか?」


チャオは拳を握りしめ、下を向いたまま答えた。


「理論的には…可能…だと思う。しかし…彼女はまだ小さな子供だ。そんな子供を一人でナイトメアセンチネルの相手にさせるなんて、狂気の沙汰だ」


「ですが、シンセティックチャイルドを作ったのは貴方たち、バイオ兵器開発部門でしょう?」


「そ、それは…そうだが…」


「情を移してはいけません。アークライト・インダストリー社、そして企業都市アーコニアのための兵器開発です」


チャオは諦めきれない表情で提案した。


「バイオウェポンにも近接戦闘用の装備がある。それをヴァンガードセクトが使えば…」


「倒せるんですか?」


「わ、わからない…でも、戦える可能性は出てくるはずだ」


「チャオさん、それではまるで、ヴァンガードセクトに犠牲を強いると言っているようなものです」


チャオは自分の発言の軽率さに気づき、顔が青ざめた。


「決まりですね。ナイトメアセンチネルにはシンセティックチャイルドを投入します。周囲のクアッドハウンドはナイトメアセンチネルから引き離し、ヴァンガードセクトで対処します。それでよろしいですか?」


——討伐はターゲットを補足次第行います。そのつもりで、準備を進めてください。





「なんか白熱した会議だな?何を話してるんだろう…」


「音声を拾いますか?」


「いや、いいよ、ノア。もう終わりそうだし、オッサンたちの話なんて面白くないしさ…それより、さっきの女性の映像とか…また見られないの?」


ノアが無表情で和樹をじっと見つめる。


「じょ、冗談だって…それより、ホアンとカレンは無事かなー?」


「……では、映像を映します」


モニターに映し出されたのは、企業都市とはまったく異なる風景——倒壊したビル群の中に広がる生活の跡だった。


「ノア、情報を頼む…ありがとう」


ナノリンク・データーフィードを通じて、瞬く間に詳細が和樹の頭に流れ込んでくる。


「ブレイカー村か…商業地区の倒壊ビルを拠点に再利用しているとはね」


「はい、非常に理にかなっています。周囲を高いビル群に囲まれているため防御力が高く、自給自足の農業スペースや貯水施設が備わり、簡易病院も設置されています」


「近隣にも似たような村がいくつかあるね」


「はい。たとえばアイアンフォール村、スパローホーク村、デッドリーフ村などがあります」


「なるほど、村ごとに特徴が異なるのも面白い。廃工場やビルの中、川の近くまで…生き抜く力がすごいな」


和樹はホアンとカレンがいるブレイカー村にアクセスしながら、少しばつの悪い顔でつぶやいた。


「なんか勝手にのぞき見してるみたいで気が引けるけど…無事か心配だから仕方ないよな…」


和樹は少しばつが悪そうに顔を歪めながらつぶやいた。


「だけど…まさか、イチャイチャしてるなんてことはないよな…?ノア、もしそうなら、フライアイに目の前で自爆するように指示してもらえる?」


「わかりました、問題ありません」


「い、いや、冗談だからね…本当に自爆させないでね」


映像の中で、偵察ドローンがブレイカー村の上空を飛び、古びた建物へと近づいていく。


かつては整備工場だったと思われるこの建物の周囲には、スクラップになった機械の部品が無造作に積み上げられている。年代物のクアッドハウンドの頭部が口を開け、入口の上にまるでトロフィーのように飾られていた。


ホアンがその入口に向かって歩いてくる様子を、フライアイ偵察ドローンが捕捉する。


ドローンはホアンに気づかれないよう静かに頭上に着地し、彼と共に自動ドアを通り抜けた。


建物の中では、カウンターに立つ女性がパーツの査定をしていた。ホアンがヨロヨロと重そうに何かを引きずりながら近づいてくると、彼女はちらりと目を向け、ため息交じりに呟いた。


「またガラクタ持ち込んできたのね……」


ホアンは気にする様子もなく、カウンターの前で大きなクアッドハウンドの下半身を持ち上げる。女性が思わず声を上げた。


「ちょっと、気をつけてよ!重いんだから!」


だが、その言葉が届く前に——


「ドスン!」


ホアンは勢いよくカウンターにパーツを置き、その拍子に自分の足を思いきりぶつけてしまった。


「ぐぬぅっ!」


苦悶の声を漏らし、足を抑えるホアンを見て、女性は呆れたように首を振った。


「……だから言ったでしょ?気をつけてって」


しかし、ホアンは何事もなかったかのように平然と顔を上げると、軽い調子で言った。


「や、やぁ、ちょっといい値がつかないかと思ってね」


女性は再びため息をつきつつも、手元のスキャナーを取り出し、パーツに視線を走らせながら査定を始めた。


「これ…稼働中だったクアッドハウンドの下半身?状態はまあまあね。エネルギーパックが残ってたら、いい値がつくんだけど?」


「エネルギーパックは倒したときに爆発したよ。それが査定に響くって?」


「当然でしょ。ここはプロの査定なんだから」


女性は手元のタブレットを使い、パーツの状態をスキャンしていく。


「それでも、動作してた新しい機体なら、この重量と素材でそこそこいい値よ。今置いていくなら、弾薬の割引クーポンもつけるけど?」


ホアンは少し考え込み、「割引対象は通常弾だけ?プラズマリボルバーのエネルギー弾も?」


女性はスキャンを終えて、冷静に答えた。


「残念だけど、プラズマエネルギー弾は対象外よ…それより、このクアッドハウンド、君が倒したの?ギルドから注意喚起が出てたはずだけど」


「ヴァンガードセクトのサラが倒したのを、ちょっと拾っただけさ」


「えっ、ヴァンガードセクトのサラが来てたの?」


「うん、でももういないよ。企業都市に戻っちゃったから」


「そう、残念…見たかったわ。で、どうする?エネルギーパックなしだから500クレッドよ」


「置いていくよ。割引クーポンも通常弾のでいい」


「了解。じゃあこの端末にバイオチップをかざして」


ホアンは右手首のバイオチップを端末にかざした。「ピッ」という電子音が響き、次の瞬間、ポケットから取り出した小型端末の画面に入金額が表示される。


「500クレッド、間違いない」


「毎度ありがと、またよろしくね」


ホアンは満足げな表情で買取カウンターを後にし、そのまま奥の方へ進んでいった。


通路の先にはデジタル掲示板が壁に取り付けられ、探査ミッションや危険なドローンの出現情報がリアルタイムで次々と表示されている。


「カレン、お待たせ。無事に買取してもらったぜ」


「そう、よかった」


「うん、500クレッドに加えて、通常弾の割引クーポンも貰えたよ。腹ごしらえして、スクラップショップで装備品でも見ようぜ」


カレン何かに気づいたようでホアンの頭を凝視する。


「あっ、ホアン、頭にハエが止まってるよ」


「な、なにぃ!?」ホアンは慌てて頭を払って暴れ出す。


「俺はクソじゃねぇぞっ!!」


カレンはその様子に笑いをこらえながら、「もう、ホアンったら…ホントにバカなんだから…」


ホアンに払われたフライアイは外に向かって飛んでいった。


モニターを見ていた和樹が妬み混じりに冗談を言った。


「…ホアンのバカ野郎、イチャイチャしやがって…爆発しろ!」


その瞬間——「ボンッ!」


「うわっ!な、なんだ今の音、カレン、外で爆発でもあったか?」


——フライアイが自爆したのだった。

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