第10話 企業都市
「和樹、お疲れ様でした。」
「うん、今日は本当にクタクタだよ…」
和樹は意識を集中し、インディペンデントAIを通じてナノマシンに回復を指示する。すると、爽快感が体中を駆け巡り、一瞬で全身の疲労が消えていくのを感じた。
「あー、最高だ…温泉に入ってじわじわと疲れが抜けていく感じに似てるな…」
「……………」
「ノア、次はリアルタイム・サバイバンスだよな。戦闘シーンだけじゃなくて、現地の人たちが住んでる場所とか、生活の様子が見たいんだけど…可能?」
「もちろんです。広範囲に小型ドローンを飛ばしていますから、大丈夫ですよ。企業都市をご覧になりますか?まだ文明が息づいているエリアです」
「マジ?それ、めちゃくちゃ見たい!」
昼食を終えた和樹は胸を高鳴らせ、SOC(ストラテジック・オペレーションセンター)の扉をくぐった。
「それでは和樹、これがアークライト・インダストリー社が管理する企業都市、アーコニアです」
壁面モニターに上空からの都市全景が映し出され、一瞬で都市の広がりが和樹の視界を満たした。
「で、でかい…しかも、すごい…」
和樹は滅びゆく世界に呼ばれた“人類の救世主”だと感じていた。残された都市や街も荒廃した無法地帯のようなものだと思い込んでいた。しかし、モニターに映る都市は、想像をはるかに超えた、和樹がいた時代に限りなく近い都市だった。
「これって…」
ナノリンク・データフィードを通じて、企業都市の情報が一気に流れ込んでくる。膨大なデータに和樹は頭に鋭い痛みを感じた。
「い、いだだだ!なんだこれ…」
「大丈夫ですか?企業都市の基本情報のみのはずですが、情報量が多すぎたようですね」
「あぁ…な、なんとか大丈夫。でも情報が増えたせいで、かえってわからないことが増えたよ」
「たとえば、どのようなことでしょうか?」
「都市防衛のEMPバリアを、うちらの小型ドローンはどうやって通過したんだ?」
「はい。サイヴァートレックスで製造された兵器やドローンには、すべてEMP耐性シールドやフィルタリング機能が搭載されています。これにより、一時的にEMPの影響を受けてもすぐ復旧可能です。さらに、偵察用の小型ドローンにはAIを複数のチップやナノマシンに分散させ、部分的にEMPの影響を受けても、他のパーツが稼働を続けるよう設計されているため、ほぼ無影響です」
「なるほど、そんな仕組みが…」
和樹はしばらく都市の全景を見つめ、思わず息をのんだ。綺麗なビルが立ち並び、30万人以上の人々がこの場所で生き残っていることに驚きを隠せない。
確かに、国家は失われたかもしれない。それでも、AIが使えなくなった世界で、人類はまだ逞しく生き抜いている。
「俺がいた日本だって、AIが全てじゃなかった。電波で通信もできたし、プログラム次第で機械も十分に動かせてたからな」
「はい、AIが使えなくても、それに代わる技術を発展させることで、人類はオーバーマインドに対抗できています。ただし、防衛が限界に近づいているのも事実です。幾度か反撃を試みましたが、そのたびに多くの犠牲を払っています」
和樹は手を揉みながら、期待に満ちた表情で言った。
「さて、社会見学といきますか」
「はい。それでは都市内部に潜入しているドローンの映像に切り替えます」
モニターには都市内を飛行するドローンの視点が映し出された。遠目で見たときの清潔で整然とした景色とは対照的に、実際の街並みは荒れ果てていた。狭い路地には古びた建物がひしめき合い、忙しなく動き回る人々の間を車やバイクが縫うように走っている。ビルの屋上や壁には無数のネオン看板が溢れ、建物の間を埋め尽くすように電線が張り巡らされているせいで、空はほとんど見えない。
路地にはゴミが散乱し、あちこちで浮浪者が物乞いをしている光景が広がっていた。
「想像と違う方向で…な、なんか…逞しいっていうか……生活は相当厳しそうだな」
「はい。企業の関連会社で働く者とそうでない者の間には、生活環境に大きな違いがあります。一般市民や普通の労働者は、企業が提供する『企業ハビタット』と呼ばれる居住区で生活しています」
「つまり、インフラから生活必需品、エンターテインメントまですべて企業が提供してて、住民はその企業サービスに依存してるんだろう」
「その通りです。企業ハビタットでは、治安維持のドローンが巡回するものの、住人たちにはどこか見捨てられたような空気が漂っています」
和樹は腕を組んで考え込んだ。
「企業で働いてる人たちの生活も見れる?」
「はい、映像を切り替えます」
モニターには高級住宅地の映像が映し出された。偵察ドローンが企業や関連会社で働く人々の生活圏を飛行しながら映し出すその景色は、企業ハビタットとはまるで別世界だった。
広々とした豪邸には美しいプールが備わり、道幅も広く、整然とした植木が並んでいる。モノレールが走り、最新型の車が行き交うこのエリアは、同じ企業都市アーコニアとは思えないほどだった。
ドローンはそのまま飛行を続け、高層ビルが立ち並ぶアークライト・インダストリー社の本社エリアへと向かう。
「企業ハビタットとはまるで別物だな。ハビタットの住民から不満は出ないのか…?」
「和樹が企業都市に関わるようになれば、いずれ詳しくお話ししようと思っていましたが、企業は『情報管理局』を設置して都市全体の情報を管理し、住民の動向や発言を常に監視しています。小型監視ドローンが動き回り、住民は常にその目を意識しながら生活せざるを得ません」
「なるほど…」
データーフィードから情報が流れてくる。
「そうか、反企業組織もあるわけだ。住民に真実を伝えようとしてるのか。人間同士、せめて仲良くやってほしいもんだよな。でも、これだけ多くの人が集まると、やっぱりいろんな衝突は避けられないのか…」
「それでは、アークライト・インダストリー社の内部をご覧になりますか?」
「…ご覧になりますか、って、見れるの?…うちらの小型ドローンっていったい…あっ」
和樹にまたデーターフィードで偵察ドローンの情報が入ってきた。
「…昆虫タイプなんだ…ナノビーとフライアイね」
そう呟くと、モニターが和樹の顔を映し出した。和樹が映像の方向を振り返ると、そこには小さなミツバチ型とハエ型のドローンが浮かんでいた。
「な、なるほど…よろしくね…」
まるで応えるかのように、ナノビーとフライアイが上下に飛行してから、静かに飛び去っていった。
アークライト・インダストリー社のビル内部を偵察ドローンが静かに飛び回り、オフィスの様子が映し出される。和樹が思い描いていたものと大差なく、社員たちは忙しなくデスクに向かい、仕事に集中していた。
やがて、ドローンの視点が変わり、広々とした地下の開発エリアへと移る。そこでは無数の武器が並び、兵器の開発が進められている。その中で、ふと見覚えのある人物が目に留まった。
「ノア、あの人って…」
「はい、先日クアッドハウンドを倒したヴァンガードセクトのエージェントです」
腰まである美しい髪が微かに揺れ、研究員らしき女性と真剣な表情で打ち合わせをしている。その美しい容姿とカーブを描く身体のラインに目を奪われる。
「…すごい綺麗な人だね…女優さんみたい、二十歳くらい、かな?」和樹は思わず、憧れの眼差しでその様子を見つめていた。
和樹がしばらく目を奪われていると、彼女がおもむろに服を脱ぎ始めた。スタイルの良いプロポーションがあらわになり、下着姿でリラックスした表情を浮かべながら、隣の女性研究員と談笑しつつボディスーツを選んでいる。思春期の高校生である和樹にとっては喜ばしい光景だった。
「…マジ?ラッキー…」
和樹は心の中でガッツポーズしつつ、食い入るようにモニターを見つめていた。が、次の瞬間、画面が無情にも重苦しいオッサンたちの会議室の映像に切り替わる。
和樹は首だけノアの方へ向けると、無表情でじっと見つめられていた。
「…あ、ハハハ…なんの会議かなー」
和樹は冷や汗をかきながら笑ってごまかし、さりげなく話題を逸らそうとした。
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