第9話 戦闘訓練

「昨日はずいぶん遅くまでお楽しみでしたね」


(…ヤ、ヤバイ…なんか、圧迫感が…!顔が無表情なのに…ノアが、怒ってる…?!)


「ハハハ…」と笑ってごまかしながら、昨夜の出来事が頭をよぎる。博士に勧められるまま、ついつい夢中になってバイクを乗り回し、気づけば深夜を過ぎていた。時間を忘れるほど楽しかったことを思い出し、和樹はバツが悪そうに微笑んだ。


「博士には『いつでも来い』って言われたんだけど…あのぅ…ま、また行っても…いいでしょうか…?」


「かまいませんが、訓練に支障が出ない程度でほどほどにお願いしますね」


「り、了解しました…」


TSR(タクティカル・シミュレーションルーム)に到着すると、ノアは待っていたかのように無言でライフルを和樹に手渡した。


「えーと…これが……ナノリンク・データーフィードで情報がどんどん入ってくるな。磁気推進リニアライフルか…」


「はい、そしてクアッドハウンドの特性は?」


「ステルスモードからのプラズマバーストによる奇襲と、数体での連携攻撃…」


「その通りです。多い時には百体以上の連携も想定されます」


「なるほど、遠距離からの精密射撃が必要だね。了解」


和樹はライフルを構えながら、弾丸の説明が頭に流れ込む。「弾丸はタングステンとカーボンの複合弾…」


「はい。そして、このライフルは火薬の代わりに磁力で弾丸を加速させるため、音がしない上に、長距離からの奇襲にも最適です。今回は訓練なので、エネルギーパックでチャージします」


和樹は軽くうなずいた。


「ここで射撃位置を設定します」


すると、エコリプレックスシステムと仮想生成技術によって、和樹が立っていた空間が瞬時に変わり、荒廃したビルの屋上へと切り替わった。廃墟の風景がリアルに再現され、薄暗い空気が張り詰める。


和樹はライフルを再び構え、息を整える。


「それでは、シミュレーションを開始します」


百体のクアッドハウンドが潜んでいる場所をノアが解析する。ナノリンク・データーフィードを通じて瞬時に和樹へ伝わってきた。


(撃つ…)


和樹はすかさず照準を定め、引き金を引いた。無音のライフルが磁力で弾丸を放ち、クアッドハウンドの胴体に着弾すると、即座に爆発が起きる。だが、その爆発で別のクアッドハウンドが狙撃に気がつき、和樹に向かって一斉に走り出した。


「くっ…速い!」


和樹は急いで次の標的を視界に収めた。廃墟のビル群に紛れるようにして、クアッドハウンドたちがステルスモードで接近してくる。


百体ものドローンが連携し、あらゆる方向から襲いかかってくるのだ。


和樹は全神経を研ぎ澄まし、すぐさま狙いを定めて撃ち抜いていった。だが、それでも間に合わないほどの数だ。複数のハウンドが連携し、囲むように距離を詰めてくる。


(まだ…まだだ…!もっと集中しろ…深く、深く…)


次第に汗が額を伝う。呼吸を整え、和樹は意識をさらに集中させた。ノアがデータフィードで敵の軌道を補正し、和樹の動きと合わせてリアルタイムで敵の位置が頭に流れ込む。


それでも、わずかな油断が命取りだ。和樹はライフルを再度構え、次々に現れるハウンドを確実に撃ち抜いていく。その度、破壊されたドローンの残骸が散らばり、閃光と爆風が響く。


「あと少し…!」


和樹は残りの弾数を確認する余裕すらないまま、無我夢中で次々に標的を撃破し続けた。やがて、ビルの屋上には静寂が戻り、煙の中にドローンの残骸だけが転がっていた。


和樹はライフルを握りしめたまま、大きく息を吐き出した。


「ふぅ…」


「お見事です。和樹には射撃の才能がありますね」


「ハハ、実は日本でやってたんだ。射撃で敵を倒すガンシューティングゲームってやつ。あれ、結構得意だったんだよね。まぁ…ゲームと実戦じゃ全然違うけどさ」


「いいえ、これだけの精度で対応できるのですから、実戦でも十分に通用します。ご安心ください」


和樹は少し照れくさそうに笑みを浮かべた。


「今のでシンクロ率が1パーセント上昇し、現在7パーセントです」


「そんなにすぐ上がるものじゃないんだね」


「ここからが本番です。引き続き頑張りましょう。クアッドハウンドはもう問題ありませんね」


「次の訓練の相手は……えーっと、タロンホークか。鳥型の小型飛行ドローンで、レーザーレイと近距離用のプラズマカッターを装備してる…」


「その通りです。タロンホークは静音飛行による接近と強力な接近戦が得意ですが、耐久性は低いため、和樹のように捕捉できれば優位に立てます。しかし、今回は別のドローンと組み合わせて挑んでもらいます」


「…スパイクキャリアか…地上型ドローンで、甲殻虫みたいな外殻を持ってて、体からスパイクを射出して攻撃するやつだね。しかもシールドで防御機能もある…」


「はい、防御シールドを展開します。そこまで強力なシールドではありませんが、タロンホークの高速攻撃と組み合わせることで、相当厄介になるでしょう。武器はこちらを使用します」


「プラズマブレードとディスラプションビームガンか…」


「はい。エナジーブレードでは、シールドを持つ耐久性のあるドローンには少し不向きです。プラズマブレードなら高温のプラズマで硬い装甲にも有効なダメージを与えられ、スパイクキャリアのような防御力の高い相手にも対抗できます」


「了解。タロンホークにはディスラプションビームガンが適してるね。レーザーの高周波干渉を使って敵の回路を狂わせるエネルギー銃か…」


「はい。直接的な破壊力ではなく、精密な電子妨害を狙った武器なので、高速移動するタロンホークにも効果的です」


和樹はそれを聞き、再び武器を確認しながら、自分の戦略を練り直していた。


「では、まずはウォーミングアップとして、10体ずついきましょう」


「えっ…ウォーミングアップで10体って、多くない?」


「大丈夫です、サポートします。それに、これらのドローンはオーバーマインドにリンクしていない自立型ですから」


「そんなに、リンクしてるのとしてないのとで違うものなの?」


「はい、和樹ならその違いを一番よく理解しているはずです」


和樹は、もしノアのサポートなしで戦うことになったら、と一瞬想像してみる。その瞬間、ぞくっと背筋が寒くなり、身震いした。


「ぜ、全然違うね…」


「はい、そろそろ準備はよろしいですか。シミュレーションを開始します」


ノアの冷静な声が響く。和樹は一息ついて、さらに意識を集中させた。ナノリンクデーターフィードからノアのサポート情報が流れ込み、全身が鋭く研ぎ澄まされていくのを感じる。和樹はゆっくりとプラズマブレードのスイッチを押した。


すると、ブレードから高温のプラズマが音を立てて展開され、刃の周囲がまるで陽炎のように歪む。熱気が肌に伝わってくる。


「ドローン、接近中です。まずはスパイクキャリア3体、左から」


ノアの声が伝える前に、ナノリンクデーターフィードからの情報を元に、和樹は瞬時に反応し、構えを取った。廃墟のようなシミュレーション空間に、重々しい足音とともに、鋭いスパイクを持つ甲殻虫のようなスパイクキャリアが音もなく現れる。


「ここだ…!」


和樹はプラズマブレードを振り上げ、スパイクキャリアの攻撃を受け流すように身をかわした。瞬間、空中にスパイクが射出されるが、ノアのフィードによって軌道を即座に把握し、体を滑らせるようにかわす。プラズマの刃が閃光を放ち、厚い甲殻を溶解しながら切り裂いた。


切り裂く瞬間、プラズマの刃から「バリバリバリ」と物凄い音が響き渡る。


空中にタロンホークが滑るように飛び込んできた。音もなく接近し、プラズマカッターが淡く赤い光を放ちながら瞬間的に動く。


「くそっ…」


和樹はすかさずディスラプションビームガンを取り出し、すばやく照準を合わせて引き金を引いた。レーザーの高周波干渉が空気を切り裂くようにタロンホークの回路を狂わせ、まるで不安定な鳥のように動きを失う。


「よしっ、次!」


「次は、後方からスパイクキャリアがシールド展開してきます」


和樹は後方に向き直り、シールドの反射する光を見据えた。ブレードでは突破できないと瞬時に判断し、ディスラプションビームを放ってシールドの周波数を乱した。シールドがわずかに揺らいだ一瞬、和樹は迷わず踏み込んでプラズマブレードを叩き込み真っ二つに溶断した。


スパイクキャリアは左右に割れ、激しい閃光とともに爆発が起こった。和樹は襲いかかる爆風を受け止めるように腕をかざした。


和樹は荒い息を整え、次の敵に備える。タロンホークとスパイクキャリアがさらに四方から現れ、次々と襲いかかってくる。


(集中…まだ、終わってない!深く、深くだ!)


和樹はもう一度プラズマ刃を振りかざし、残る敵に向かって全力で立ち向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る