第8話 ナイトメアセンチネル
和樹は歩みを進めるたびに、アームズ・ファクトリーベイの巨大な地下空間に圧倒されていた。鋼鉄で組まれた製造ラインを抜けるだけでも三十分以上かかり、博士が鳥型のアンドロイドである理由も納得がいった。
製造ラインを抜けると、無数のタンクが並ぶエリアが目に入る。それぞれが透明な液体で満たされ、タンクの中では奇妙な生き物のような存在がグネグネと動いている。
「ノア…この気持ち悪く動くやつ、何なの…?」
「これはバイオウェポンのプロトタイプです。オーバーマインドにリンクされたドローンやアンドロイドと戦うために必要な装備となるでしょう」
「えっ…これ、武器なのか?…本当に使うのか…?」
「はい、場合によっては戦闘の要となるかもしれません」
和樹はタンクに視線を向け、「よ、よろしくな…」と話しかけてみると、その生体兵器はまるで理解したかのように、タンク内で活き活きと動き出した。
「おせぇぞ!」遠くから博士の声が響いてくる。
「せっかちなフクロウだな…」和樹は苦笑しつつ、博士の方へと歩みを進めた。
和樹は博士のもとに辿り着くと、目の前に広がる光景に圧倒された。見渡す限り、未来的なデザインで新しいピカピカの車やバイクが整然と並び、さらにその奥には見たこともないような先進的な車両がずらりと並んでいる。男子の心をくすぐる魅惑のエリアで、和樹は目を輝かせながら興奮を抑えきれない様子だった。
バイクにまたがってはハンドルを握り、風を切る自分を想像して思わずニヤリ。車の運転席に腰を落ち着け、複雑な計器やパネルに手を伸ばし、夢中になってあれこれ触れてみる。その姿は純粋な子供みたいで、一人ではしゃぎまくっていた。
「おい、そろそろ満足したか?」
「ん…あぁ、ご、ごめん、なんか凄くてつい興奮しちゃったよ。それで、これってすぐに動くの?」
「当たり前だろうが。動かなきゃここに並べる意味がないだろ…」
「えっ、本当に?うわ、乗ってみたい!それ、できる?」
ノアが遠くを指差しながら言う。
「あちらにテスト走行用のサーキットがあります。試運転が可能ですよ」
「よしっ、やったー!」和樹は興奮を抑えきれずに博士を見つめる。「博士、どれがいいかな?」
「バイクか車、どっちにするんだ?」
「今日はとりあえずバイクでいきます!」
そうだなぁ…最初は無難にこれだな!
博士がバイクのハンドルにバサッと飛び乗り羽を伸ばしてバイクを指す。
「これがグラビティブースト・スピーダーだ」
和樹は期待に胸を膨らませながらバイクに跨ってみた。丸みを帯びたフォルムに低めの車高、そしてよく見るとタイヤがなく、黒光りするボディが未来感を漂わせている。広い風防が頭上までしっかりと覆い、モニターが映し出されている。
博士が続けて説明を始める。
「重力制御システムを備えたホバリングタイプで、地面から少し浮かんで滑るように走行する。『グラビティブースト』を起動すれば、オフロードでも障害物を軽々と乗り越えられる。荒廃した外部の地形でもこの一台があれば、どこへでも行けるってわけだ」
○
荒廃した荒野を、一台のオフロードバイクが砂塵を巻き上げながら疾走していた。倒壊したビルや朽ち果てた車両の間を、スピードを緩めることなく巧みにすり抜けていく。バイクを操るのは、短髪で日焼けした肌に無精ひげをたくわえ、サングラスをかけた男性。
バイクがビル群を抜けると、砂地は無くなり、ひび割れたアスファルトが姿を現す。建物は廃墟と化しているが、まだしっかりとした構造を保っているものもある。
男性がさらに進むと、目の前に人の背丈の倍はあろうかというコンクリートの壁が立ちはだかり、人の侵入を阻んでいる。
バイクは砂塵を巻き上げながら急停止した。
「俺だ、開けてくれ」
すると、小型ドローンが飛来し、男性の周囲をセンサーでスキャンする。確認が終わると、ただのコンクリートに壁に見えた部分が、音を立てて横に開いていった。
男性は再びバイクのスピードを上げ、とある建物の前で勢いよくバイクから飛び降りると建物の中へ駆け込んだ。
「カレン!」
建物の中の清潔な部屋には、白いベッドの上でカレンが横になっていた。彼女は意識があり、うっすらと目を開けている。ベッドの横にはホアンが座っており、驚いたように「や、やばい…」と呟いている。
「兄さん…」
男性は勢いよくホアンの胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げる。
「ホアン、てめぇ!カレンを巻き込みやがって。死にたいなら一人で死ね!サーチャーになりたてのひよっこが、クアッドハウンドなんか倒せるわけねぇだろっ!」
そう言って、ホアンを壁に叩きつける。
カレンが苦しそうな表情で弱々しく訴えた。
「兄さん、やめて…私も悪いの…」
「いや、カレンは悪くねぇ!悪いのは全部コイツだ!」
「あの…ラグナさん…すみません、俺が悪いです」
「そうだっ!ホアンが悪い!」
ビシッとホアンを指差すラグナ。
「兄さん…いい加減にして。私も悪いって言ったでしょ?」
「……………」
「……………」
部屋の空気がひんやりと冷え込んだ気がして、ラグナは深いため息をつき、少し落ち着きを取り戻した。
「カレン、大丈夫なのか?」
「うん、もう大丈夫。心配かけてごめんなさい」
「そうか…しかし、まさかヴァンガードセクトのサラに助けてもらうとはな…。連絡が来たときには正直驚いたぜ」
「兄さん、サラのこと知ってるの?」
「ああ、知ってるとも。奴は二十歳でアークライト・インダストリー社が誇る特殊部隊のエースだ。二週間前にはオーバーマインドの拠点への奇襲作戦に成功した生き残りだしな、あの美貌もあって、『企業都市アーコニア』でサラを知らない奴なんていない」
「ヴァンガードセクトの一員だよね…俺も見てたけど、クアッドハウンドをエナジーブレードで真っ二つにしてたんだ」
ラグナがギロリと鋭い視線を向けたが、ホアンは気まずそうにしながらも話を続けた。
「でも、なんでヴァンガードセクトがこんな辺鄙な場所に?拠点は企業都市のはずだろ?」
ラグナは険しい表情を浮かべ、低い声で答えた。
「サーチャーギルドの情報では、どうやらナイトメアセンチネルを追っているらしい…」
ホアンとカレンはその名を聞いて凍りついた。
「ナ、ナイトメアセンチネルって…二足歩行の重装甲ドローンだよな。人型で、周りにシールドドローンを展開して、中長距離攻撃は全く効かないってやつ…。EMPパルスを放って、周囲のドローンや電子機器を無効化して、近接の格闘戦しか手がないって奴…」
「…ホ、ホアン、おまえやけに詳しいな…」
ホアンは自信満々に笑みを浮かべ、誇らしげに答える。
「へへ、オーバーマインドのドローン兵器のことなら俺に任せとけ!」
「兄さん、サーチャーギルドは協力するの?」
「いや、戦闘面ではどうにもならんだろう。情報面での協力だけだな」
カレンは心配そうに視線を落とす。
「でも…ナイトメアセンチネルが相手で、ヴァンガードセクトは大丈夫なのかな…。企業都市に打撃を与えるほどの力があるって聞いたことあるけど…」
「さぁな、ヴァンガードセクトには何か考えがあるんだろう。俺たちが心配しても仕方ねぇさ」
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