第3話 未知の世界

「どうして俺がここに来たのか、その理由は分かったよ……でも正直、複雑な気分だ。日本の両親は突然、俺が消えて悲しむだろうし、友達だっている……」


和樹は心の中に残る迷いを感じながらも、続けた。


「だけど……人類のために、俺がここにいる必要があるってことも理解した…」


少し間を置き、和樹は自嘲気味に笑った。


「ハハハ…とはいえ……本当に俺にできるのか?さっきまでただの高校生だったのに…未来を託してくれた人たちには申し訳ないけど、正直、自信がない」


(サイヴァートレックスの統合AIとして、私ノアが全力であなたをサポートいたします)


「……そうか、じゃあまずはノア、俺のことは“和樹”と呼んで」


(承知しました、和樹。それと、ダークマタージェネレーターを再度制作することができれば、過去に戻ることも可能です。ただし——)


「分かってるよ。オーバーマインドが邪魔してくるってことだろ?」


(はい。その通りです)


和樹は深呼吸し、決意を込めてノアに向かって言った。


「結局、俺がいた時代に帰るにはオーバーマインドを倒すしかないってことだ!」


(はい、和樹。では、施設内をご案内いたします。準備はよろしいですか?)


「お願い……えっと、どうすればいい?」


(今から、アンドロイドに私がリンクします)


すると、一面つなぎ目のなかった壁が静かに左右に開いた。そこから現れたのは、どことなく和樹に似た雰囲気のある、黒髪黒目の美しい女性だった。


(和樹、私についてきてください)


和樹は一瞬あっけに取られ、驚きのあまり声が 裏返った。


「えっ、ひ、人がいたの……?!」


(人間ではありません。私は〈ファントムモデルVX-8〉。この施設で配備されたアンドロイドユニットであり、現在、私こと、ノアがリンクしています)


和樹は「なるほど…」と納得しきれないままうなずき、ノアがリンクしたアンドロイドに従って歩き始めた。


和樹はちらちらとノアを見ながら、どうしても疑問が抑えきれず、視線をさまよわせた。


「ねぇ、どう見ても人間にしか見えないんだけど……本当に機械なの?」


(はい。内部構造は完全に機械ですが、外部の皮膚にはバイオテクノロジーを応用し、人工培養された生体細胞が使われています。代謝機能も備え、自己修復システムも搭載されているため、外見や触感はほぼ人間と変わりません)


「……触ってみてもいい?」


(どうぞ)


和樹はノアが差し出した腕に恐る恐る手を伸ばした。触れた感触は驚くほど人肌に近く、温かさも感じられた。しかし、指で強く押し込むとその奥に機械的な硬さがあり、確かに中身が人工物であることを思い知らされる。


「すごいな……人間そっくり」


ノアは無表情にうなずきながら、静かにその腕を下ろした。


「ノア……ちょっとお願いなんだけど、アンドロイドとしているときは、できるだけ俺の頭に直接話すんじゃなくて、声に出して話してくれないか?なんか俺だけ一人で喋ってると、ちょっと痛いヤツみたいで……」


「承知しました。これでよろしいですか?」


ノアの声が響き渡り、その美しく澄んだ音色に和樹は思わず驚いた。


「だ、大丈夫……バッチリ…いい感じだよ」


「到着しました」


「ここは?」


「ストラテジック・オペレーションセンター、通称SOC。サイヴァートレックスの中枢として機能する司令ルームです」


ドアが無音で左右に開く。和樹がノアに続いて足を踏み入れると、広さは学校の教室四個分ほどもあり、壁一面が巨大なモニターになっている。空中にはいくつかのホログラムが浮かび、精密な地図やデータが立体投影されていた。


中央には複雑なコントロールパネルが組み込まれたテーブルと椅子が配置されている。そこから指令を発し、すべてを制御できるようだ。和樹はその未来的な設備に思わず興奮し、辺りをきょろきょろと見渡した。


「ここから、外部の状況をリアルタイムでモニタリングし、インディペンデントAIにリンクされたアンドロイドやドローンに指示を出せます。また、私は常にこのSOCを拠点に和樹をサポートします」


「す、すごい……」


和樹は特に趣味があったわけではないが、目の前に広がる未来的な設備には男子として大いに心を躍らせてしまった。思わずノアに「あれは何?」「これはどうやって使うんだ?」と次々に質問を投げかけていた。しかし、わかるはずがないと思いながら触れてみると、何故か使い方が自然と頭に浮かんでくる。


「ノア……なんか、使い方がわかるんだけど、どうして?」


「ご質問の機能やデータを、リアルタイムで和樹のインディペンデントAIに“ナノリンク・データフィード”を通じて直接送信しています。これにより、思考を介さず知識と操作が瞬時に融合される仕組みです」


「便利なもんだね……」


「はい。これが、私たちが適応者を探していた理由です。その中でも和樹は適応率が百パーセントを示し、インディペンデントAIのフルスペックを活用することが可能です」


和樹はその「ナノリンク・データフィード」の機能を改めて感じ、AIが自分の知識を瞬時に拡張していく感覚に驚きと興奮を覚えた。


次に案内されるのは訓練ルームらしい。和樹はガンシューティングゲームのように楽しめる場所なのではと、心を躍らせながらノアに続いて歩いていった。


「着きました。こちらがタクティカル・シミュレーションルーム、通称TSRです」


ノアに促され、和樹はまるでゲームセンターに来たかのような気分で部屋に足を踏み入れた。だが、一歩中に入った瞬間、その場で思わず立ち尽くしてしまう。


「……………!」


そこに広がっていたのは、どこまでも続く荒れ果てた大地。乾いた風が和樹の頬をかすめ、砂の匂いと共にリアルな外界の感覚が押し寄せる。その瞬間、四つ足のドローン兵器に襲われたあの恐怖がよみがえり、和樹は思わず身震いした。


「ここでは、『エコリプレックスシステム』により外部環境をそのまま再現しています」


ノアの淡々とした説明が続く。


「戦闘訓練用の多機能スペースで、装備品の使用方法や戦術を習得するための施設です。ホログラムやドローンを駆使して、現実さながらの戦闘シミュレーションが可能です。床と壁には光学センサーが埋め込まれ、可動式のターゲットや自動昇降式の障害物も配置されています」


「………………」


和樹は、最初の浮かれた気持ちが一気に引き締まるのを感じた。遊び感覚でここに来たはずが、目の前に広がるリアルさが、自分は本当に戦場に立つのだと、否応なく実感させたのだ。和樹はゆっくりと息をつき、心の奥で覚悟を決めるように、目の前の光景をじっと見つめた。


和樹はしゃがみ込み、地面にそっと手を触れた。そこには確かに砂の感触があり、思わず指先で掬い上げてみる。指の隙間から零れ落ちた砂が、風に乗ってふわりと散っていくのを見つめ、和樹は驚きに声を上げた。


「ノ、ノア……これ、本物の砂じゃない?」


「いえ、リアルフィール・インターフェースによる仮想生成物です。五感に働きかけ、触覚や温度、空気の流れまでをも錯覚させています」


「なるほど……仮想生成物って、ここまでリアルに感じられるんだ。それで、訓練はいつから始まるの?」


「訓練は明日から開始予定です。本日は次にアームズ・ファクトリーベイ、兵器の製造と保管を行うエリアをご案内します。その後、リビング・キャビン、生活空間へと移動します。」


「なお、施設にはエネルギー管理室やデータ解析ルームも備わっていますが、現段階では特に必要ありません。もし興味があれば、後日、ご案内いたします」


「わかった」


次のエリアに向かって歩き出した和樹だったが、ふと視界に入り込んだ光景に思わず足を止めた。透明なチューブの中で、無数の小さな銀色の粒子がきらきらと輝きながら渦巻いている。和樹は息をのんでチューブに顔を近づけ、目を凝らしてその光景を見つめた。まるで銀河が目の前で回転しているかのように、粒子が規則的な軌道を描いて流れている。


「この綺麗な粒子……これは一体……?」


「それは、武器や装備に組み込まれる自己修復ナノマシンの培養体です。高密度のナノ粒子が、指示を受けるたびに分子レベルで装備の損傷を補修します」


和樹は、まるで生命体のように有機的に動くナノマシンの姿に、息をのんだ。未知の力を前にした高揚感に、新たな決意が芽生え始めていた。

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