雪の少女

いけのけい

第1話 2月の転校生

 しんしんと雪が降り頻る二月の上旬、三年五組のクラスには張り詰めたようなピリピリとした空気が教室内を支配していた。高校受験勉強に励む生徒が奏るペンを走らせる音や問題集のページをめくる音が忙しなく朝から耳に届く毎日。

 試験本番がもうすぐそこまで迫り受験勉強も佳境という教室に身を置きながらもペンの一本すら置かれていないありのままの姿である木の板が晒された机。そこに肩肘で頬杖をつき、場違いにも俺は窓の外を舞う粉雪を呑気に眺めていた。息苦しさを感じつつ外の景色に耽っていると教室の引き戸が開け放たれ教室内の誰もが手を止めたの肌で感じ取る。

 朝のチャイムと同時に一番最後に教室に入ってきたのは担任の岡林であり後ろ手に引き戸を閉めると生徒の顔ぶれを見渡しながら教卓についた。いつものように朝礼が行われ出席確認から始めるかと思われたが本日の第一声はこれまで何百日と変わることのなかった入りではなく予想だにしないものだった。起立、礼、おはようございますと朝の挨拶を終え着席し外の景色へと再び視線を移すつもりだったのだが視線は正面に固定されてしまう。


「早速だけど今日は朝礼を始める前にみんなに紹介したい人がいます。それじゃあ入ってきていいわよ雪野さん」


 先ほど自分で閉めた引き戸に向かって担任の岡林が声を投げかけると数秒置いてゆっくりと白塗りの戸が横にスライドされていき一人の女子生徒が入室する。身長は目測150センチ前後くらいで高くも低くもなく体型もブレザーを羽織っているので確かなことは言えないが華奢という印象。どこにでもいるありふれた女子中学生の姿だと言いたいところだが一点だけ目を引く要素があった。

 教室内の左最奥窓際で最後列の一つ手前という座席に座っており腰より下の部分ははっきりとは見えていない。よって目が釘付けになっているのは上半身でありさらに細かく部位を分けるのであれば頭部、転校生の髪色が普通ではなかったのだ。

 髪の中心で半分に分けられた髪色は右半分が黒色、そして左半分は窓の外に降り積もった雪のような白。綺麗に均一に染め上げられた髪は学内どころか地元に範囲を広げたとしとも同一の髪色をした人物を見つけるのは難しい。

 見られることには慣れているかのようにこちら側に目を向けることなく軽やかな足取りで緊張などは微塵も感じられない様子で真っ直ぐ教室前方中央の黒板前まで歩を進めると転校生は背を向けチョークを手に取り流れるような無駄の無い動作で自分の名前を書き記す。


「本日よりこちらの学校に転校してきました雪野芽述湖ゆきのめのこです。残り短い間ですがよろしくお願いします」


 カツカツカツと小気味の良いリズムで名前を書き終わると総勢28名のクラスメイトの方へと向き直り深々と頭を下げた転校生の雪野芽述湖さん。声音に抑揚はなく平坦で表情を明るく取り繕い無理に笑みを浮かべたりもせず無表情で無愛想という表現がしっくりきた。

 来月には卒業という珍しい時期の転校生にどう迎え入れたらいいものか分からないというのが受け入れる側としての素直な心情である。春先であればクラス中の誰もが雪野さんに興味を持ち挨拶が終わるなり好奇心旺盛な生徒から質問が飛び交い歓迎する雰囲気に包まれただろう。だが誰もが受験勉強に追われている三学期という時期は転校生にかまっている暇はないと歓迎する雰囲気を一切見せず教室内の空気は室内であるはずなのに窓の外のように冷たいものだった。

 時期外れの転校に雪野さん本人もおおよそのクラスメイトの反応は予想していたのか簡素に名前だけを告げると他には何も口にせず自己紹介を終える。訪れた静寂をすぐに振り払ったのは岡林の拍手という号令であり、教室内に鳴り響くパチパチと乾いた音に包まれながら用意されていた最後列の空き席の方へと雪野さんは歩き出し席についた。転校生の紹介が終わるといつもの日常が戻りつつがなく朝礼の時間が終わると数分の休憩を挟み転校生一名を加えた総勢29名となった3年5組の初日、一限目が始まる。



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雪の少女 いけのけい @fukachin

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