第35話

泣いてはいけない。いや、泣くべきではない。そう自分自身に言い聞かせながら、岩島さんの隣に敷かれた布団へ入った。

 そして、岩島さんに背を向けて横になり、蹲るように体を丸める。

 岩島さんの顔をまともに見れなかった。見てしまえば、彼が側から居なくなる未来を想像して不安になり。私は子供のように泣くだろう。


「沙羅」


 泣くことを必死に堪えていると、私を呼ぶ声と共に温かい何かが頭に触れた。それが、岩島さんの手だと気付くのに時間はかからない。

 優しく頭を撫でるそれは髪を辿り、やがて肌に触れる。


「お前の気持ちが分からんわけでもない。せやけど、生きるべきやない人間も居る。

 まともな奴らからすると、ワシもそうなんかもしれん」

「岩島さんは北城さんとは違います!」


 勢いで振り向くと、岩島さんの顔が目の前にあって。視線が合い、そして彼の大きな手は私の頰を包み込み。無意識に目から流れ出た涙を、彼は指で拭う。


「そないな顔すんなや、ワシはまだ死んどらん。

 せやけど、ワシが死んだ時は笑って見送ってくれや。ワシはお前の笑顔が好きやねん」


 笑顔でこちらを見ている岩島さんに反し、泣きそうな顔になる。けれど、私は泣くことを必死に堪え、彼に笑顔を見せた。


「そうや。ワシは、その顔がいっちゃん好きなんや」


 未だに笑っている岩島さんを見ていると、彼と離れることが恐くなり。岩島さんの存在を確かめるように、私は彼に顔を近付け。それを悟られぬように、彼の唇に自身の唇をあてがう。

 岩島さんは一瞬だけ目を見開いていたが、すぐに私を受け入れてくれた。

 恋をすると盲目になるというが、恋をする前から私はすでに彼の虜になっていて。好きという気持ちが分からなくても、愛は直ぐ側にあり。

 この淫らな行為に対して、好きでもないのにと後ろ指を差す人も世の中にはいるだろう。

 それでも、私は彼をまだ好きにはならず。これからも好きにはならず。ただいつくしみ愛してくれる岩島さんを、いつか愛する日が来るような気がして。

 好きと愛するは違う。好きとは、気に入り心が惹かれること。愛するとは、その人を慈しみ一番に思うこと。

 だから、私は岩島さんを好きにはならず、心の底から愛すると思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る