第34話

座卓の上に麦茶が入ったグラスが三つ置かれ。それを運んできた男性は、悲しそうな顔をしていて。

 岩島さんはグラスを手に取り、麦茶を一気に飲み干す。そして、彼はまた口を開く。


「ワシが北城を殺そうとした時も、お前はあいつを庇った。これ以上殺す必要ない、当時のお前はそう言うとったけど、あいつだけは殺すべきやった」


 空になったグラスが力強く座卓の上に置かれ、岩島さんは睨むようにこちらを見ている。

 責められているのか不安になって彼から目を逸らすと、亮平おじさんが溜め息を吐いて口を開く。


「殺すべきかどうかは置いといて、あの男がまともな感性を持っていないのは確か。

 それこそ、夏夜の外灯に纏わりつく羽虫同然。おのれの考えに疑問を持たず、ただ欲望の為に突き進む男を早々に振り払わなければならん」


 おじさんの声色は力強く、その眼は睨むように遠くを見つめていて。


「羽虫ってワシに言うたんやないんですか?」


 岩島さんが聞くと、亮平おじさんはチラッと彼を見て、


「お前は自分の欲望のために纏わりついているのか?」


 おじさんから聞き返されると、岩島さんはすぐに頭を振った。


「それならば聞く必要はあるまい」


 そう返事をしたおじさんは、また本を読み始めた。



 それから少し経った後。自分の部屋に戻ると、畳の上に布団が二組敷かれていて。それはもう見慣れた光景で、驚くことすらしない。


「なんや、なんでそないな顔しとんねん?」


 立ったままの状態で俯いていると、岩島さんに話しかけられた。彼は先に布団へ入っていて、横になってこちらを見ている。


「助けてしまったことに後悔してるんです。私が北城さんを助けなければ、死ななくても良かった人は沢山いたのに――」


 なぜ助けてしまったのか、後悔の念に苛まれ。そして、当時の記憶がないことを恨み。岩島さん達を危険な目に合わせてしまっていることに罪悪感を感じ。

 私の中で様々な感情がうごめき、心がパンクしてしまいそうだ。


「たとえそうやったとしても、お前はあいつの元に行っとらん。それだけでもそいつらは報われる。

 ワシかてそうや。お前が側にいてくれるだけで、明日も生き延びられる気がすんで」

「でも、私のせいで死ぬかもしれないんですよ?」


 私が力強く聞き返すと、岩島さんは小さく溜め息を吐いて、


「だからなんや? お前のためになるんやったら、べつにかめへん。せやけど、ワシは明日も生きる努力をするわ」


 ニッと歯を見せて笑う岩島さんが、冗談を言っているようには見えず。そんな彼を見ていると、なぜだか感傷的になり涙が込み上げてくる。

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