第32話

岩島さんの大きな焦り声が辺りに響く。

 本気で焦っている岩島さんの姿を見たのは、これが初めて。彼は酷く取り乱していて、今すぐにでも逃げ出してしまいそうだ。


「俺もこの刀で試し斬りがしたくてな。お前の言う冗談のつもりで試し斬りしてやる」

「――そら、冗談ちゃう!」


 わざとなのか、亮平おじさんは鞘を抜き取ろうとはせず、刃をちらつかせる程度に留めている。

 その一方では、岩島さんは何故か逃げることをせず、声を荒げるばかり。私の目には、それがわざとに映って見える。

 それでも、亮平おじさんを止めないわけには行かない。私が口を開こうとした瞬間、部屋の戸が勢いよく開いた。


「オヤジ、ゴミ捨て場で小火ぼやがありまして――」


 扉を開けたのは、先ほど岩島さんに麦茶を持ってくるよう命令された男性。焦った男性は、火事だ火事だと騒ぎ立てる。

 すると、亮平おじさんは刀を刀置き場へ置いて、静かに口を開く。


「その様子だと、火は消えているんだろう? それなら、焦る必要もあるまい」


 焦る男性とは打って変わって、亮平おじさんは酷く落ち着いている。火事があったのになぜ焦らないのか、おじさんは座椅子に座って読みかけの本を手に取る。


「なんや、小火かい」


 大した事ないと口にする岩島さんは驚く様子もなく、何事もなかったように煙草を吸い始めた。


「なんでそんなに落ち着いてられるんですか! 火事ですよ、火事!」


 私が大きな声を上げても二人は落ち着いていて、焦る素振りすら見せない。

 ゴミ捨て場は勝手口の裏にあり、そこが燃えれば家も必然的に燃えてしまう。たとえ小火だったとしても、火を甘く見てはいけない。表面上は消えたとしていても、燃え終わった灰の中で火が残っている可能性もありうる。

 けれど、岩島さんはそれがどうしたとでも言わんばかりに欠伸をし、座卓の上にあるガラス製灰の四角い皿に灰を落として口を開く。


「お前は知らんかもしれへんけど、これは今に始まったことやないんやで?

 あの日の抗争以来、ずっと続いとんねん」 

「あの日の抗争?」

「お前が十六歳に起きた、田所会との抗争のことや。

 そん時の四代目は気性の激しいおっちゃんでな、関東から売られた喧嘩は全部買うような人間やった。

 ほんで、関東から次々と構成員が送られて、福岡どころか九州にある銀楼会の島は血の海となりよってん」


 岩島さんはそこまで話すと、煙草を吹かし煙を吐き出す。そして、彼はまた話を続ける。


「九州だけが狙われたんとちゃう。四国や中国地方にある兄弟組織も狙われてん。

 せやけど、ワシらもただやられとったわけやない。六代目……いや、お前の親父さんは、その刀一本で東京者やその周辺の奴らを次々と倒していってん」

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