第30話
使用人の人達が食卓に着くと、静かなまま食事が始まる。
皆が食事をしている中、私は岩島さんの分を小皿に取り分けて食事を始めた。
礼儀を重んじる亮平おじさんは、食事中話すことを嫌い。それを知っている使用人の男性達は、一言も言葉を発さない。
会話のない食事はなんだか寂しく味気ない。してはいけないと知りつつ、私は口を開く。
「辰さんも一緒に食事出来ないんですか?」
私が話した瞬間、使用人の男性達が驚いた顔でこちらを見た。そして、彼らは怯えた目の色をして、亮平おじさんの方へと視線を移す。
すると、おじさんは箸を箸置きに置いて口を開く。
「沙羅ちゃん、優しいことは悪いことだとは言わない。ただ、その優しさに付け入る人間もいるということを忘れてはならない」
おじさんは話したことを咎めなかった。けれど、厳しい目をこちらに向け、言い聞かせるように話している。
それでも、岩島さんもお腹を空かせているはず。それなのに、自分だけ食事をすることは良くないような気がして。
「そうですね。でも、辰さんは悪い人ではありません」
私が答えた瞬間、向かいの白石さんがこちらを見た。彼は何か言いたそうにしていたが、話すことなく黙っている。
おじさんも黙ったままこちらを見ていて、何かを考えているようだ。
誰もが黙っている中、亮平おじさんは小さく溜め息を吐いて、
「岩島、もう良い。入れ」
結局、折れたのはおじさんの方だった。
おじさんが声をかけた直後、出入り口の扉がゆっくりと開く。
開いた扉の向こうにいる岩島さんも無言。ただ、中へ入ってくる際、驚いた顔をしてこちらを見ていた。
食事を終えて入浴を済まし、居間で本を読む。
白石さんは食事を終えた後、また会いに来ると言って帰っていった。岩島さんは入浴中で居らず、居間にいるのは私と亮平おじさん。そして、使用人の男性が三人。
「何を読んでいるんだい?」
座椅子に座って難しそうな本を読んでいたおじさんが、こちらを見て問う。
座卓の前にいる私は、本からそちらへ視線を移し、
「小説です。お父さんは何を読んでいるんですか?」
私が聞き返すと、おじさんは読んでいたページに紐を挟み、
「人間の心理に関する本だよ」
「おもしろいですか?」
本を閉じているおじさんに聞くと、おじさんは口元に笑みを浮かべて、
「おもしろいかどうかではなく、自分の知恵となるかどうか。それを問わると、俺は間違えなく首を横に振るだろう」
「それは、どういう意味ですか?」
「面白くはない、という意味だよ。人間の心理など、時と場合。それに、人によって違う。だから、一概にこうだとは言い切れない。
だが、この本は自己論理を述べているだけで、何の利にもならない」
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