第26話

「……岩島さんは暴力振るわないんですか?」


 喧嘩の最中、自分の思いを無意識に口にしていた。

 すると、岩島さんは間抜けな声を出して、


「なんで、女に暴力振るわなアカンねん。それこそ、わけ分からんわ」

「だって恭宏は振るってましたよ? お前が悪いって言って」


 私が返事をすると、岩島さんはガシガシと頭を掻いて、


「そら、そいつがクズなだけ。そんな奴とワシを一緒にすなや。

 女に暴力振るう奴なんか、ろくな奴やあらへん。そんなもん、そいつが弱い人間やからやで?」

「弱い人間?」

「力の弱い女相手に暴力を振るう奴が、ホンマに強いと思うか?」


 私が頭を振ると、岩島さんは話を続ける。


「なら、聞く必要あらへんやろ」


と聞かれて私は頷いた。

 いつの間にか喧嘩の熱は冷め、飽きた人々が去りゆく中。秋も深まろうかというのに、暑い太陽の熱にさらされ。

化粧をした肌に汗が浮かび、興奮した目にはうっすらと涙が浮かび。

それでも、岩島さんの側から離れるという考えは浮かばなかった。


「他人のために怒ることは悪いことやあらへん。せやけど、お前が言うとるのは、ホンマに福井のためなんか?

 ワシには、お前が強がってるようにしか見えへん」

「強がる?」


 私が首を傾げると、岩島さんは溜め息を吐いて、


「お前は福井に対して罪悪感が湧いてるだけや。陸斗の時もそうやけど、それがホンマにそいつのためになるんか?

 そんなもん、優しさちゃう。優しい自分に浸ってる自惚。

 福井の方が、まだ思いやりあったで。他の奴は黙っとるのに、あいつはワシのために詐欺やて言うたんやさかいなあ」


 ハッキリと物を言う彼はやはり大人で、勘違いばかりしているのは私で。彼の話を聞いて、感心するばかり。

 相手の気持ちを尊重することが優しさだと思っていた。けれど、彼は相手のことを思った言動が優しさだと言う。

 私は本当に福井さんを思った言動をしていただろうか。悪い悪いと岩島さんを責め立てることを、彼は望んでいただろうか。

 自分が良い人のような気になり、岩島さんを悪だと罵る行為をし。結局、岩島さんを偏見の目で見ていた私自身が、悪そのものだった。

 酷いことを言ってしまったと罪悪感が湧き、無意識に岩島さんの腕に触れていた。彼が私を嫌いになってしまったのではないか、そんな一抹の不安を感じて。

 すると、岩島さんは私の手を掴み返し、手を引いて歩き始めた。

 歩きながら岩島さんの背中を見ていると、彼は振り向かずに、


「まだ時間あるやろ。コンビニやのうて、飯食いに行くで」


 そう言った岩島さんの言葉は優しさに溢れていた。



 終業した後、岩島さんの車に乗って家へ帰る。それは当たり前のことになり、それがないと一日の終わりを感じない。

 亮平おじさんの家へ帰り着くと、黒いレクサスが敷地内に止まっていた。

 私達が帰ってきたことに気付いた車の主は、車から降りてこちらへ近付いてくる。

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