第24話

吐き捨てるように言った岩島さんは車に乗り込み、エンジンを掛けた。暗い窓から見える彼は苛立っているようで、また煙草を吸っている。

 早く乗らないと後が恐い。私が車に乗り込みシートベルトを締めると、再び車は走り始めた。




 それから数日間は平凡な日々が続き、何事もなく穏やかな時間が過ぎていく。なにもないことに安心しているせいか、私は前のように亮平おじさんが住む日本家屋に戻ることができた。

 岩島さんは未だに私から離れず、新しく勤め始めた会社にまでついて来る始末。これでは、本当にストーカーだ。


「私は大丈夫ですから、会社にまでついてこないでください」


 福岡の栄えた街から少し離れた場所に建っている大きな建物。高宮たかみや建設という看板が掲げられたそれは、私が勤めている会社。

 秋なのに日照りが続く中。そこで事務の仕事をこなしていると、私はチラチラと視界に入る岩島さんを不快に思って口を開く。

 空いた事務机の椅子に座る岩島さんはスマホを触っているが、明らかに邪魔な存在。けれど、誰も彼に口を出さない。


「ワシら夫婦なんやから、別にええやん。そんな目くじら立てんなや」


 岩島さんは動画を見ているのか、スマホから女の人の声が聞こえ。悪びれる様子もなく、彼は堂々としていて。

 籍も入れていないのに夫婦だと言い切る彼を、私はある意味尊敬する。その図太い神経を少し分けてほしいくらいに。

 私は、溜め息を吐いて、


「何でもいいですけど、音を小さくしてもらえませんか? 気になって仕事に集中出来ないんですよ」

「ワシが浮気しとるか気になるんか? 安心せえ、これは目の保養で見とんねん」

「別にそんなこと気にしてないんですけど? 私は、その音がうるさいって言ってるんです」

「せやから、嫉妬やろ? 女の嫉妬はアカンでえ。若い女とワシを取り合って争うなや。お前にはお前の魅力がある」

「良いこと言ってる気になってるとこ悪いんですけど、その顔じゃちょっと」


 「説得力に欠ける」と言うと、岩島さんは真顔で、


「この女ワシのこと見てんで? ワシに惚れとるんとちゃうん?」


 明らかな勘違いに開いた口が塞がらない。

 これでは、極道の面影もない、ただ痛いだけの勘違いおじさん。録画されて編集された女性が、どうやって彼に惚れるというのだ。


「惚れるわけないでしょ? ただの映像ですよ」

「でもコメントしたら、いいね押してくれたら惚れる言うてんで?」


 女性が自分に惚れていると信じてやまない岩島さんは、未だに真顔で。隣の女性も、向かいにいる男性も、周りの人達も。みんな笑いを堪えて肩を震わしている。

 明らかな詐欺だというのに、なぜそうも騙されるのか。頭が良いのか悪いのか。彼がある意味純粋すぎて、本当のことを言おうかどうか迷った。


「あの……それ、詐欺ですよ?」


 そんな中、口を開いたのは、事務員の中で一番若い男性社員の福井ふくいさんだ。丸い黒縁眼鏡を掛けている彼は、額から流れてくる汗をハンドタオルで拭いながら岩島さんを見ている。


「詐欺なわけあるかい」


 未だに詐欺だと認めない岩島さんは福井さんを睨みつけるが、福井さんは頭を振って、


「詐欺ですよ。僕の父がそういうのに騙されてお金を振り込みそうになったんですから。中身はただのおじさんで、それは作り出された映像です。

 今のAIは進歩しているので、それに疎い男性は騙されるんですよ。ちなみに、それと同様に女性を騙すものもあります。

 運営は削除を繰り返しているようですが、キリがありません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る