第23話

未だ素直になれない自分に腹が立ち、意に反した態度をとる自分に腹が立ち。岩島さんの反応が不安になり、彼の左手に手を重ねる。

 ハンドルに触れていないその手は、不安を取り除くように握り返してくれた。

 絡む指と、触れ合う手の感触と。彼から漂うウッディ系の香りと、そして煙草の臭い。

 何一つ不快に思わず、互いに拒絶もせず。無言のまま、ただただ時間は過ぎていく。


「でも、陸斗君がいた児童養護施設ってどこか知っているんですか?」

「知らん」

「知らんって、じゃあどこへ向かってるんですか?」


 ふと感じた疑問を岩島さんにぶつければ、彼はあっけらかんと答えた。

 私が聞き返すと、彼は煙草の火を灰皿で揉み消し、


「そんなもん、近所の児童養護施設に決まっとるやろ」

「何でですか?」

「人に聞かんと、ちったあ自分で考えれ」

「……はあ?」


 岩島さんから自分で考えろと言われて答えを導き出していると、景色は華やかな街中とは変わり、田舎のような田園風景に。遠くに小学校のような建物が、周りには田畑と家々が。

 そして、保育園のような小さな施設が見え、その前で車は止まる。

 コンクリートの壁に、『すみれ園』と書かれた表札が打ち込まれていて。建物から子供の話し声が聞こえてくる。


「陸斗、着いたで」


 岩島さんは車のエンジンを切り、眠ったままの陸斗君に声を掛けた。すると、陸斗君は目を開けて、ゆっくりと身体を起こす。


「――帰りたくないって言ったのに!」


 窓の外を見た陸斗君は声を荒げ、赤くなっている目で岩島さんを睨んでいる。

 けれど、岩島さんは車から降り、後部座席の扉を開けた。


「降りれ言うとんのや」


 そして、彼は嫌がる陸斗君の襟首を掴み、無理矢理引きずり降ろす。片手で宙ぶらりんになっている陸斗君は暴れ、岩島さんはそれにものともせず。異様な光景のまま、二人は施設の敷地内へ入っていく。


「陸斗君! どこに行ってたの!」


 慌てて車から降りると、大きな女性の声と悲鳴じみた声が聞こえた。ヤクザヤクザと誰かが騒ぎ立てている。

 中に入っていいのか分からずに外から様子を伺っていると、指で耳を塞いだ岩島さんがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「ヤクザヤクザうっさいねん。珍しいもんとちゃうやろが。

 ワシら、天然記念物かなんかか?」


 ぶつぶつと文句を言っている岩島さんは、門を開けて敷地外へと出ている。何があったのかは分からないが、あまりいいものではないらしい。


「どうでした?」

「どうもこうもあるかい。ヤクザヤクザ騒ぎ立てて警察呼ぼうとしてんねんで?

 ワシは善意で陸斗を連れてきた言うんに、あいつら頭のネジ外れてんのとちゃうん?」


 中の様子と陸斗君の事を兼ねて聞くと、岩島さんは顔を顰めて答え。二度と来たくないと彼は言う。


「でも、敷地内に勝手に入るのは良くないんじゃ……」

「だからなんや? 知るかい、そんなもん」

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