第19話

沼田さんの話を聞いている最中、ふと彼と目が合った。彼は一瞬だけ眉を顰めて直ぐに目を逸らし、


「それよりも、お前がその女に気を取られて、轢きそうになっただけじゃないのか?」


 どうなんだと問う沼田さんは堂々としていて、何が何でも岩島さんに罪を被せたいようで。

 それでも、岩島さんも余裕の表情を浮かべている。


「何言うてんねん。轢きそうになったも何も、ここは公道。飛び出さん限り轢かれるわけないやろが。

 せやのに、よそ見云々言うんはおかしな話やで」

「だとしても、子供が――」

「――飛び出せる男はかっこいいんだよ!」


 すると、沼田さんの話を遮って、陸斗君が口を出した。彼は興奮気味に話していて、岩島さんを見ている。


「陸斗君、どういうこと?」


 私が聞き返すと、陸斗君は私を見て、


「道路に飛び出して車に轢かれなかったらね、好きな子に好きになってもらえるんだって! おじさんがそう言っていたよ!」


 陸斗くんの話を聞いて、私は驚愕した。自分の甥っ子に飛び出せなどという叔父さんが、どこにいるというのだ。そんな話を聞いたことがないので、私は驚いた目の色で沼田さんを見た。


「お前、甥っ子にえげつないこと言うのう」


 岩島さんはクックッと喉を鳴らして沼田さんを見ているが、未だに沼田さんは余裕の表情で。


「本当に甥っ子ならな」


と彼は言って、人の波に乗って去っていく。

 私は沼田さんの話が気になって、


「ねえ、陸斗君」

「なあに?」

「沼田さんは、本当に叔父さんなの?」

 

 陸斗君は少し考えて、


「沼田って誰?」


彼の発言に、私は更に驚く。

 沼田さんは陸斗君の叔父さんとばかり思っていた。けれど、蓋を開ければ赤の他人で、今日初めて会ったばかりだと彼は言う。


「僕ね、何日か前に児童なんとかって所から抜け出してきたの。でも、食べるものがなくてゴミを漁っていたら、あのおじさんがご飯を食べさせてくれたんだ」


 陸斗君はそこまで言うと、その場でうずくまる。

 どうやら、陸斗君は児童養護施設から抜け出してきたらしい。けれど、お金もない彼は路頭に迷い、飲食店のゴミ箱を漁っていた所を沼田さんに助けられたようだ。


「お前、とんでもない奴に拾われたな。危うく殺される所やったで?」

「殺される? 陸斗君を助けたんだから、良い人に決まってますよ」


 岩島さんの話を聞いて、私は直ぐに言い返した。けれど、岩島さんは私を小馬鹿にするように鼻で笑い、


「お前はアイツの何を知っとんねん? どう考えてもええ奴やない」

「でも、助けてるんですよ?」

「助けてる言うてるけど、動気が不純やで」

「……動気が不純?」


 わけが分からないと首を傾げていると、岩島さんは溜め息を吐いて、


「あいつは陸斗が車に轢かれるよう仕向けたんやで? しかも、ワシの車を狙って。それが不純やない言うんか、お前は」

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