第18話

そして、車は軽快に公道を走っている――はずだったのたが。道路に突然小学生の男の子が飛び出して来たため、岩島さんは直ぐにブレーキを踏み込む。それと同時に、タイヤはアスファルトを激しく擦り、凄まじい音が辺りに響いた。

 岩島さんは咄嗟に左手をこちらに向け、傾く私の身体を支える。すると、振動で灰が煙草から落ちていく。

 車は子供に当たるか当たらないかの寸前で止まり、私は安堵の息を吐いた。けれど、岩島さんは後続車が来ることなど気にせず、車から降りて口を開く。


「危ないやろが! 止まれたからええものを、危うく轢く所やったんやで? 分かっとるんか、おう?」


 岩島さんは男の子に向って怒鳴る怒鳴る。あまりにも怒鳴り散らすため、怯えた顔の男の子が大きな目に涙を溜めて岩島さんを見ている。

 流石に見逃せず、私は車から降りて彼らの側に寄った。そして、岩島さんに向って口を出す。


「相手は小学生ですよ!」

「だからなんや? ワシはガキでもちゃんと躾すんねん」

「でも、言い過ぎですよ!」


 大丈夫かどうか男の子に聞くと、少年はコクリと頷き、


「おじさんがね飛び――」

「――陸斗りくと、大丈夫か?」


 後続車が車線を変えて走り過ぎる中、少年の声を遮るように男性の声が聞こえた。やけに落ち着いているその声の主は、こちらに近付いて口を開く。


「小さなガキ相手に躾するとはどういう了見だ?」


 黒髪を整髪料で整えている男性は、スーツのネクタイを正して岩島さんを睨んでいる。

 岩島さんは男性を睨み返し、


沼田ぬまた、おどれんとこのガキが勝手に飛び出してきたんやろが」


 睨み合う彼らはどうやら知り合いらしく、睨み合うことを止めない。沼田と呼ばれた男性は、私とあまり変わらないくらいの年齢に見えるが、岩島さんに負けを劣らず凄みを利かせている。


「だとしても、世の中ではお前が圧倒的に悪だ。警察はどちらを留置所へ入れるだろなあ?」


 沼田さんがニヤリと怪しく笑むと、岩島さんは吸いかけの煙草を地面に捨て、靴底で火をもみ消す。

 そして、岩島さんは溜め息を吐いて口を開く。


「ちゅうか、お前のガキがタイミングよく飛び出すっちゅうのはおかしな話やで?」


 岩島さんは、フンと鼻を鳴らして笑う。

 言われてみればそうだ。飛び出したことは仕方ないとしても、それが知り合いの子供さんだったなどという話は、滅多にない話。

 けれど、沼田さんは余裕の笑みを浮かべて、


「俺のガキ? そんなわけないだろ。こいつは、甥っ子だ」

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