第14話

橋本さんが部屋を出た後、彼が買ってきた洋服に袖を通す。

 それは、彼としたデートの時に着た服に似ていて、淡いオレンジ色のワンピースだ。

 着替えを済ませて寝室を出ると、壁に背を預けて立っている橋本さんの姿が見えた。彼は私を待ってくれていたのか、こちらを見て、


「似合っちょらんこともない」 


と言って笑う。

 馬鹿にしているのか、それとも照れ隠しなのか。その真意は分からないが、褒められて嫌な思いはしない。


「辰さんは?」


 岩島さんの姿が見えないことに疑問を抱き、キョロキョロと見渡すが彼の姿は見つからず。不思議に思って首を傾げると、橋本さんは小さく息を吐いて、


「あっちにおる」


 橋本さんが指さしたのは、ソファーがあるリビング。微かに声が聞こえてくる。

 そちらへ向かおうとすると、橋本さんは私の腕を掴み、


「今行かん方がいい」


 なぜ止められたのか分からず、その答えを聞こうとしたが。私の心を裂くような、甘い声がリビングから聞こえてくる。

 艶めかしい女性の声は、何を話しているか分からない。けれど、微かに聞こえてくるのは、明らかに岩島さんを誘惑するようなもの。

 苦しい、苦しい。胸が裂けそうで、息が続かない。思わず叫びそうになってしまいそうなほど、私は激しく動揺している。

 すると、身体は温かい何かに包まれ。視界は真っ暗になり、そして、背中を優しく撫でられる。


「何かの間違いやろ。全部お前の勘違いたい」


 それが嘘だと分かっているのに、橋本さんの話を受け入れてしまう。

 昨日の行為は何だったのだろうか。やはり、彼は北城さんと同じ人間。簡単に人を傷つけるし、平気で裏切る。

 そんな人に心を許してしまった自分自身が憎い。頂上が見えてきたはずの好感度が一気に下落する。


「なんや、起きとったんかい。ちゅうか、何しとんねんお前ら」


 背後から聞こえてくるのは、一番聞きたくない声。私は彼を無視し、聞こえないふりを貫く。


「あんたこそ、何しよったんかちゃ」


 岩島さんに聞き返す橋本さんの声は、明らかに怒りを含んている。


「お前、なに言うてんねん。白石もそうやけど、お前ら勝手に人ん家来た挙げ句に好き勝手すなや」


 けれど、岩島さんの声にも怒りが含んでいる。


「……嘘つき」


 消え入りそうな声でポツリと呟くと、岩島さんは間抜けな声を出して、


「何がやねん。急に“嘘つき”ってなんなんや?」


と言った彼の声には、少なからず怒りが含んでいる。

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