第13話

黙ったままの岩島さんを見ていると、拒絶されたと思い込み。胸が苦しくなり、話したことを後悔し。

拒絶されることが恐くて、彼の顔がまともに見れず。

 岩島さんから顔を逸らし、俯いたまま彼からの言葉を待つ。

 吸っていた煙草もやがて短くなり、火は灰皿でもみ消され。ガラスの皿で横たわる煙草から、微かに煙の臭いがする。


「……ああ、イライラすんのう。ホンマに殺したる」


 しばらくして、隣から声が聞こえ。私は話の内容に困惑し、岩島さんの事を見れずにいた。

 誰の事を言っているのか、考える間でもない。きっと、性行為を断ったから、私に対し腹を立てているのだろう。


「絶対に許さんで、北城」


 唸るように言った彼の言葉に、それが勘違いだったことに気付いた。

 安心して息を吐けば、岩島さんは私の手を握り。それに反応して岩島さんを見ると、彼は真剣な顔でこちらを見ていて。

そのまなこは私を捉えて離さず、彼の心の強さが伝わってくる。


「ワシは北城と同じ世界の人間や。せやけど、一度だってお前を大切に思わんかった日はない。

 あいつは自分の欲望のために生きとる。せやけど、ワシは誰かのために生きたい」


 岩島さんはそこまで言うと、彼に似つかわしくないほどの優しい笑みを浮かべて、


「死ぬまでワシが守り抜いたるから、だからお前は安心せえ」


 彼の言葉は胸に響き、自然と涙が込み上げてくる。夢のことが現実だったなら、記憶喪失になっていることが本当なら。

せめて、岩島さんのことだけでも思い出したい。

 けれどそれは叶わず、夢でしか思い出せず。そうなってしまった自分を恨み、待ってくれていた彼に感謝し。

また、自分が幸せな立場にいることを実感した。


「……辰さん、私幸せです。あなたと一緒に過ごせることが、すごく幸せなんです」


 余っていた手で彼の手を握り返して笑えば、頬に涙が伝い、ソファーへ落ちる。

 岩島さんは一瞬驚いていたけどすぐに笑顔になり、顔をこちらへと近づけ、


「当たり前やんか。ワシを誰やと思っとんねん」


と言って、唇は触れ合う。

 初めの頃は拒絶していたそのキスも、無いといけないものになって。私の肌に触れる彼の手は、やっぱりゴツゴツとしていて。

 優しい口づけも、露出した肌に這う彼の舌も。そして、下腹部に感じる甘い誘惑も、すべて岩島さんからのものだと思うと受け入れることが出来た。

 甘美な刺激に堪えきれず声を出せば、息を乱した岩島さんは私の肌を撫で。彼から滴る汗で肌を濡らせば、共に揺れる身体に刺激的な振動がついてくる。

 何回それらを繰り返した分からない。終わっても、岩島さんは抜け落ちた時間の穴を埋めるかの如く、無償の愛を注いでくれる。

 そして、いつしか眠りにつき、素敵な彼との夢を見る。


「……ら、沙羅――」


 誰かの声に反応して目を開けると、私はベッドで寝ていて。声がした方を見ると、覗き込むように橋本さんがこちらを見ていて。

 それに驚いてベッドから上体を起こせば彼はサッと目を逸らし、何故か頬を赤く染めている。

 その理由が分からず首を傾げていると、橋本さんは何かを耐えるように呼吸をし、


「服を買ってきたけん、その……それ着れちゃ」


 彼の言葉に反応して自身の姿を見れば、生まれた時と同じ姿で。それに気付いた瞬間、悲鳴じみた叫び声を上げてしまった。


「お前、うるさい」


 困った顔をした橋本さんは、チラチラとこちらを見ていて。そんな彼が、なんだか子どものように見えた。

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