第12話
「落ち着く……か」
返事をした城山さんが、穏やかな表情で此方を見つめている。
すると、
「最初は妹みたいにかわいがってたんやで? せやけど、今は側に居らんと不安になんねん。
なんしか知らんけど、ワシはこの子とおらなアカン身体になってしもうた」
「な?」と、岩島さんから同調を求められ、彼の真似をしてオウム返し。すると、岩島さんは口をへの字にし、何かを堪えるような顔でこちらを見ている。
「どうしたの? 痛い?」
気になって聞き返せば、岩島さんは後ろから私を抱きしめ、
「お前は絶対にワシが幸せにしたる」
頭上から降り注ぐ優しい言葉。それは、火葬場で聞いた声と同じ。
夢はやがて見えなくなり、私は軽い揺れを感じて目を開ける。
「辰……さん?」
目を開けて最初に見えたのは岩島さんの顔。抱きかかえられていると知ったのは、そのすぐ後。
彼が歩いているのは、見覚えのあるマンションの部屋。岩島さんの部屋だ。
「なんや、目が覚めたんかい」
良いところだったのにと、岩島さんは何故か文句を垂れている。
降りると言うと、彼はダメだと否定し。その理由を聞くと、彼は教えないと答える。
見覚えのある夜景が見える中、岩島さんは黒革のソファーの上に私を降ろした。
仰向けになった状態で、まだ覚めやらぬ眼でぼやける天井を見つめ。大きな窓ガラスに映る淡い光の列は艶めかしく、良い雰囲気を作り出すには充分な素材。
「沙羅」
名前を呼ばれてそちらを見れば、岩島さんは私の上に馬乗りになり。暗い部屋の中で、夜景の光に照らされた彼の顔。影と光で作り出されたそれは、なんとも魅力的で。
岩島さんの顔にそっと触れると、彼は夢で見たのと同じ優しいキスを手の平に落とす。
そして、吸い込まれるように交わす口付け。甘美な口付けは私を惑わし、下腹部から熱が込み上げてくる。
溺れるほどの甘い口付けを何度も交わした後、彼は顔を上げて言うのだ。
「ワシは充分待ったで? 会えんかった間も、ずっとお前のことだけ考えて。他の女に誘われても、お前を忘れることは出来んで。
せやから、そろそろワシだけのものになれや」
「……でも、気持ちの整理がつかなくて。好きって気持ちが分からないことに、モヤモヤしているんです」
「せやけど、お前はワシを受け入れてくれとるやん」
「それは……」
返事が出来ず、岩島さんから目を逸らす。
雰囲気に飲まれてなどとは言えず、拒む理由も見つからず。けれど、肯定的な答えが出なくて。
本当は誰かを好きになってしまうのが恐かった。
思い出されるのは、いつか見た北城さんとの情事の映像。あの行為が本当のことで、また繰り返されたら。その相手が、岩島さんだったら。違うと分かっていても、恐くて愛することが出来ない。
「ごめんなさい、今日はそういった気分になれなくて」
不安が呼び起こされ、ストレスで吐き気がし。良い雰囲気は見事に崩れ、目の前の顔は悲しみに満ちて。
「ワシが嫌いか?」
私はすぐに頭を振り、話してはいけないと知りつつも以前夢で見た北城さんと情事のことを話し。そして、不安な気持ちを岩島さんに打ち明けた。
すると、岩島さんは無言で私の上から降り、隣に座り直す。大股を開いて座っている彼は、ジャケットの懐から煙草の箱を取り出した。
そこから抜き取った煙草を咥え、ジッポーで先端に火をつけ。ユラユラと一筋の白い線が上がり、彼は煙草を吹かす。
私は上体を起こして座り直し、不安に満ちた目で岩島さんを見つめる。窓の方を見つめている彼は言葉を発さず、考え込むように黙ったままだ。
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