第9話

はっきりと言われると、そんな気がしてしまう。だけど、私の中では、彼はまだ特別な存在までにはなり得ていない。

 けれど、大切な存在の内の一人であることには変わらず、否定の言葉が口から出てこない。

 むしろ、特別な存在だと言いきった彼がかっこよく見え、次第にすてきな男性に思えてくる。

 どうやら、闇夜の魔法は解けていないらしい。


「なんや、なんで黙っとんねん。お前は、そうですねって言うとけばええのに、なんで黙っとるんや?」


 返事をせずに、ひたすら岩島さんを見つめていると、彼は眉を顰めた。訝しむようにこちらを見ている彼は、なんだかかわいい。


「だって、今日の辰さんは辰さんには見えなくて」

「はあ? お前何言うてんねや? ワシはワシやで?」

「でも、なんだか違う人に見えて」


 「キラキラして見える」と話すと、岩島さんは少し考えて、なぜかニヤニヤと笑い始めた。それが不快で、私は眉を顰めて、


「なんですか? 何がそんなにおかしいんですか? 私の顔になにかついてます?」

「お前、ワシに惚れたな?」


 はあ?、と私は間抜けな声を出して、


「違います。なんで私があなたに惚れないといけないんですか」


 でたらめ言わないでと頬を膨らませると、彼は膨らんだ頬を右手で潰して、


「まあ、何でもええわ。それよりも、許せへんねや」


 何のことか聞き返そうとした瞬間、岩島さんの唇で口を塞がれた。外灯の光に照らされた影のある顔が目の前に。名残惜しさを残して目を閉じると、彼は私の身体に腕を回し。片方の手は頭に添えて熱い口付けを交わす。

 10センチ以上の身長差はあるものの、彼は私の高さに合わせ。私は彼の高さに合わせるよう背伸びをし。ひたすら、濃厚なキスを堪能する。

 拒むという選択肢はあらず、受け入ないという拒否権もあらず。心の底で、白石さんや橋本さんに罪悪感を感じつつ、岩島さんとの熱い時間を過ごす。


「ホンマ、何考えとんねんお前は」


 車に乗り込むと、岩島さんから文句を言われ。先程の甘いキスが嘘だったかのように、彼は怒っている。


「でも、和真だって大切な存在なんですよ」


 家族みたいに、と言うと、岩島さんは溜め息を吐いて、


「ほたら、お前はその家族とコマするんか? ありえへん」


 正しいことを言われ返す言葉が見つからず。どうしていいか分からずに俯いていると、岩島さんは私の頭に手を置いて、


「せやけど、何もない言われてホンマは安心してんのやで」


と、顔に似つかわしくないような優しい言葉をかけてくれる。

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