第6話

「親にむかって、なんかその口の利き方は!」


 孝之さんは何かを堪えるようにソファーの布地を掴み、見開いた目で直貴君を睨んでいる。

その一方、直貴君は彼を気にせず、スマホを操作していた。


「やめり、孝之」

「でも――」

「難しい年頃なんよ。私達にもそんな頃があったでしょ?」


 小百合さんは孝之さんを宥めているが、彼は納得していない様子。孝之さんは興奮冷めやらぬようで、鼻息を荒くしている。


「でも、親父にあげん口利いたら打ちくらされよったんに、今のガキは親を舐めくさッちょる」

「まあ、お前の親父は気性が激しいさかいなあ」


 孝之さんの話に納得したように、ウンウンと岩島さんが頷く。すると、橋本さんはスマホをスーツの懐へしまい、チラッと直貴君の方を見て口を開く。


直貴あいつの気持ち分からんでもないですよ。親の色恋なんて目の前で聞きたくないし、他所でやれって思いますから。

 『愛してる愛してる』って子供の前で言い合うの、正直どうかと思いますけどね。俺やったらそんな親は嫌やし、家出る」


 ハッキリと言う橋本さんは、孝之さんを見ていて。まだ痣の残る瞼の下にある目は、彼を捉えて離さない。

 そう言われてみると、そうなのかもしれない。

亮平おじさんに奥さんがいたとして、目の前で愛を語り合っているのを毎日聞いていたら。私だって、うんざりしているだろう。

 けれど、孝之さん達の気持ちも分からなくもない。きっと、二人は溢れる恋愛感情を互いに確かめ合いたいのだと思う。

 孝之さんは何も言わずに、橋本さんを見ていた。そして、溜め息を吐いて、頭を抱えている。


「橋本に言われたら終わりやで?」


と岩島さんは悪態をついたが、孝之さんは黙ったまま俯くばかり。

 それから、すぐに火葬炉で骨上げが行われたのだが、骨がほとんど残っておらず。サラサラとした砂のような灰が台の上に積もっていて、それが人間のものだったのかどうかさえわからない。

 火葬を行った男性が言うには、極力灰になることはないようにしたらしいのだが。骨自体が弱かったらしく、結果的に灰となってしまった。

 すると、橋本さんの口から出たのは、シンナーや薬物の名前。彼はそのせいだという。

 少なからずも理沙さんのことを知っている橋本さんは、遺灰の前で手を合わせて、


「俺はお前を幸せにはしちゃれんかったけど、あの世で良い人見つけて幸せになれるよう願っちょく」


 彼の言葉に胸を打たれ、自分のことではないのに目から涙が溢れ落ちる。

 すると、今度は白石さんが手を合わせて、


「兄らしいことも出来なかったし、家族として過ごしたこともあまりなかったが。それでも、お前が新しい世界で幸せな人生を送れるよう、俺も願っている」


 泣くには、充分な材料だった。

 声に出せずとも、線を切ったように目から涙が溢れ出る。行き所に困り涙を拭いながら泣いていると、柔らかく温かい何かが身体を包み込む。

 嗅ぎなれた香水、嗅ぎなれた煙草の匂い。そして、感触。

ゴツゴツとした手が、何度も背中を撫でる。

 私は幸せで、なのに死にたいと思っていた過去があって。

彼女は幸せではなく、生きたいという思いがあって。

 こんなにも幸せに満ち溢れていたのに不幸だと思い上がっていた私は、なんと愚かな人間なのか。そう思わずにはいられない。


「……辰さん」

「なんや?」

「私、幸せになれました」


 岩島さんの胸の中で呟くと、彼は私の頭を撫でて、


「ほうか、そらよかったなあ」


と優しい言葉の雨が降り注ぐ。

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