第3話

“絶対にワシから離れるんやないで?”


 真剣な表情で言った岩島さんの言葉。ストーカー紛いの人間の言葉を素直に聞き入れる私は変わり者だ。


「どこに行くんですか?」


 しんと静まり返ったエレベーターの中。左隣に立つ岩島さんの顔を見て私は訊いた。


「あ? ワシの家に決まっとるやろが」


 煙草を吹かした岩島さんが横目で私を見ながら言った。

 エレベーターの中に充満する紫煙。「ここで煙草を吸うのはよくない」と私は彼に注意したのだが、「別にかめへんやろ」と真顔で言われた。


「は? その方が明らかに危険だと思うんですけど」

「そんなわけあるかい。お前をここに一人で居らせるわけには行かへんのや」

「とか言って、私を家に連れ込んで変なことをしようと企んでるんじゃないんですか?」

「は? 変なことってなんやねん?」

「絶対にしませんからね」

「はあ?」


 私が断言すると、岩島さんは「訳が分からない」というような表情をしていた。

 岩島さんの家に行くのは色々と心配。今でさえ毎日のように顔を合わせている状態。それが、四六時中ともなると危険に思わない方がおかしい。

 極悪非道と恐れられている銀楼会の暴力団。それも、仲間をも騙して平気な顔で金を奪い取るような人間と暮らそうとしている私はチャレンジャーだ。

 マンションの外に出ると、岩島さんは左方面に向かって歩き始めた。その後を私は慌てて追いかける。

 重たいスーツケースの足がゴロゴロと音を立てている。それを引く彼の歩調は速い。なので、私は彼に合せて歩くだけでも一苦労だ。

 岩島さんはマンションに隣接されている駐車場に入った。そして、彼はシルバーの乗用車に向かって鍵のような物を向けた。

 光沢のある真新しいセダン系のその車は、明らかに高級外車である『メルセデスベンツ』。それも新型。

有名な車なので、車種に詳しくない私でも知っている。


「何してんねや? 早う乗れ」


 立ち止まったままベンツを物珍しそうに眺めている私に、運転席側の扉を開けた岩島さんが言った。


「あ、はい」


私は彼に返事をすると、その車が止めてある方へ小走りで向かう。

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