第2話
岩島さんが意味不明なことを喚き散らし始めた。彼と会話する事に疲れた私は、それを無視して荷物を詰める作業を再開する。
岩島さんの喚き声は、もはや雑音にしか聞こえない。
もうすぐ一日の終わりを迎えようとしているというのに、大声を出せるような体力を持っている彼を私はある意味感心している。
「終わりました」
「ほうか、なら貸せや」
「は?」
「ワシが“スーツケースを持ったる”言うとるんやから、早う貸せ」
「はあ!?」
私は自分の耳を疑った。
親切心など全く持っていないあの岩島さんの口からそんな言葉が出るとは微塵にも思っていなかったからだ。
「なにグズグズしとんねん。 ホンマ、とろい女やのう。
……ワシはお前の事が心配になるわ」
「えっ!?」
私は更に自分の耳を疑った。
岩島さんの口から出ないであろう言葉がまたもや出たのだ。
私の耳が異常をきたしているのか。将又、岩島さんの脳が異常をきたしているのか。
いや、よくよく考えたら普通の男性なら別におかしくもなんともない事だ。
「ええから、早う貸せ!! お前はワシの優しさが分からんのか!!
ワシが“自分の女の荷物を持つ”言うんは初めてなんやで!? 別に下心なんかあらへんから安心せえ!!」
岩島さんはそう言うと、私の手からスーツケースを荒々しく取った。
岩島さんは本当は優しい人なのだろうか。ただ、人前では強がっているだけなのかもしれない。
岩島さんは、「性行為したい」と口癖のように私に言うが、これまで一度もされた事はない。
ホテルでのあの一件もそうだ。彼は抵抗する私と無理やり性行為をしようとはしなかった。
それに、今日だって危険から私を護ってくれた。
もしかすると、岩島さんは良い人なのではないだろうか。
「お礼代わりに、後でワシにご奉仕してくれや」
と思った矢先、岩島さんが寝室の扉を開けながら言った。
その瞬間、やはり彼には優しさなどないという事を私は再認識した。
それからすぐに玄関を出て扉に鍵をかける。
最近やっと住み慣れてきた部屋だというのに、しばらくの間お別れ。いつ帰って来れるかも分からない状況なので少し名残惜しいが、今更ここに残りたい等とは岩島さんに言えるはずがない。
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