第三章 命を賭けて守り抜く者

第1話

会社の前で襲われた日の夜。私は理由も聞かされずに自分が住むマンションから離れる事になった。

 それは岩島さんからの命令。私には拒否権はないらしい。

 ただ今、自分が住む部屋の寝室で黒いスーツケースの中に荷物を詰めている最中。現場監督のように見ているだけの岩島さんは、ベッドの上に腰掛けたままの状態で私を急かす。

 彼から出てくる言葉は、大半が文句。文句を言うだけならいない方がマシだ、と岩島さんを横目で睨む。


「早うせえ、もう時間があらへん。余計なもんは置いて、必要なもんだけスーツケースに詰めれや」

「なんで急にこんな事しなくちゃならないんですか? その理由をちゃんと教えてくれます?」

「せやから、“お前には関係ないことや”って何べんも言うとるやろ? ジブンは知る必要ないねん。そんな無駄口を叩く暇があんなら、早う荷物を詰めれ!!

 ホンマ、女の支度はとろくて苛々すんのう!!」

「本当、あなたが言うことは全て支離滅裂してますね!!」

「お前、また白石と同じこと言うたな!?」

「同じこともなにも、あなたと会話してたら百人中百人が私と同じこと言いますよ!!」


 私達の言い争う声は部屋中に響き渡っている。そのせいで、スーツケースに荷を詰める作業は必然的に停止し、畳みかけたままの服が床の上で寝ている。


「仕事で疲れてるのに、なんで更に疲れなくちゃならないの? あなたと会話してるだけで寿命が縮まりそうになりますよ」

「そら、よう言われるわ。ワシに歯向かった奴ら全員が“助けてください”言うて命乞いしよったで?

……まあ、白石は例外やったけどな」

「そう言えば、白石さんは無事なんですか?」


 私は岩島さんが言った言葉の一部を拾い上げて彼に訊いた。

 まだ、白石さんの安否は確認出来ていない状態。自分で確認しようにも、私は彼の携帯番号を知らない。だから、彼が生きているのかどうかを知るためには、岩島さんに訊くほかないのだ。


「また白石の話か!? お前、もしかしてワシの知らん間にあいつと浮気しとったんやないんか!?」

「してませんよ!!

 というより、浮気したかどうか以前に、私はあなたとは付き合ってないんですけど!?」

「“あなたとは”ってなんやねん!? 他の奴と付き合っとるんか!?」

「……本当に時間の無駄」

「話を逸らすゆうことはやっぱりそうなんやな!?

 相手は誰や!? 早う吐け!!」

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