第25話 魔法すら切り裂く剣(嘘でーす)
ゴブリン軍の本隊から光の矢が飛ぶ。
魔法攻撃だ。
目標はサクラメント軍の先頭で馬を駆り、次々とゴブリンを斬り殺しているクロウである。
この局面を打開するには、この隊長っぽいやつを倒すしかないと思ったんだろう。
正解である。だけど、ゴブリンシャーマンの魔法攻撃でクロウを倒すことはできないんだよ。
次々に飛んでくるマジックミサイルを、すぱぱぱーんと斬り捨てちゃうクロウ。
見事な手並みに、味方がわっと歓声を上げた。
「斬ってるように見えますけど、わりと普通に当たってませんか? あれ」
「ああ、当たってる。でも問題ないんだよな」
なぜならあれは
だってクロウの本体は、着弾の瞬間だけふうわりと宙に浮いて巻き添えになるのを避けてる小狡いカラスだもの。
ひっどい話である。
敵としてはどうして倒せないか判らない。
魔法すら斬っちゃうような達人なのかと思ってオロオロするしかない。
で、敵が動揺するってことは、味方が勢いづくってこと。
前衛部隊をあらかた片付けたサクラメント軍が、猛然とゴブリン軍本隊に向けて駆けだした。
すると、ならやら本隊の方からギャイギャイと叫び声が聞こえ、左右両翼のゴブリンたちがサクラメント軍を挟み込もうと回れ右した。
ジェネラルが指示を出したのか。
「残念。それは一番やっちゃいけない手だった」
回れ右したってことはさ、牽制していたウルフ軍団に尻を見せちゃったってことだよ。
それをぼーっと見送るとでも思ったのかい?
うちのウルフたちはよく訓練されてるから、そんなに甘くないよ。
背後から襲いかかり、まあ思う存分にゴブリンたちを殺戮していく。
数分もするとゴブリン軍はサクラメント軍を挟撃しようとしているのか、後ろから追い立てられて逃げているのか判らない状態になった。
「これは……なぜこんな滅茶苦茶な状態になってしまったのですか? 旦那様」
「一人の人間ならともかく、百人が一斉に方向を変えるなんて簡単じゃないんだよ。アリエッタ」
なんにもないところで普通に行進しているときだってそうだ。
十人十五人の行進ですらかなり訓練しないといきなり方向転換なんてできない。
まして今の状況って、一方からウルフ軍団にガンガン吠え立てられてるのね。
隙あらば襲ってくるのよ。
そこで回れ右、前進、なんて簡単にできると思うかい?
「できたとしても、一番後ろにいる者はいつウルフに襲いかかられるかと気が気ではないと思いますわ」
「ああ、そういうことだ。そしてそういうのを見過ごすウルフ軍団でもない」
ばっしばし背後から襲いかかるさ。
で、後ろからどんどん崩れていったら、そんなもの軍勢でもなんでもない。
脅威から逃げ惑う群衆と一緒だよ。
両翼のゴブリン軍は、ウルフに背後から追い立てられ、あっという間に軍隊としての体をなくしてしまった。
数はまだ左右両翼を合わて百五十以上は残ってるだろうけどね。
そんなものをまったく活かせない状況になってしまったわけだ。
後顧の憂いがなくなったサクラメント軍はさらに加速してゴブリン軍の本隊に襲いかかる。
おおよそ生物同士がぶつかったとは思えない音が戦場に響き、ゴブリンどもが千切れ飛んだ。
先頭に立つのはトマホークジョンみたいな
こいつらの得物は剣よりバトルアックスやウォーハンマーみたいなごっついのが多いからね。
そんなもんでぶっ叩かれたら、ゴブリンの小柄な身体なんか落としたスイカみたいにはぜ割れるさ。
で、味方が横でそういう殺され方をしているのを見て、とくに気にしないで戦えるよってやつはそうそういない。
人間でもモンスターでも。
だからこそクロウは最前列にジョンたちを配置したんだろう。
剣でも槍でもなく、より派手で残酷にみえる戦い方をする連中を。
怖じ気づいたゴブリンの群れを、今度は
彼らの武器は剣がほとんどだ。
驚くべき効率でゴブリンを斬り殺していく。
結局、人を殺すには最も向いた武器、というか、剣には他の使用法がないんだよね。
相手を殺すためだけに作られたから。
みるみるうちにゴブリン軍本隊が削られていく。
間もなく総崩れになるだろう。
ただ、そのまえに一回は揺り返しがあるはず。
「旦那様!」
「ん。やっぱりきたな」
怯えたような声をだすアリエッタを、俺は一撫でする。
二人の視線は本陣からみて左翼方向。
ホブゴブリンが一匹とゴブリンが六匹、こっちに向かって突撃してくる。
別働隊ってやつだ。
一気にこちらの本陣を突いて俺の首を取る。
「戦術的には正しい判断さ」
「そうなのですか? 敵は堂々と会戦で勝つつもりだったのではないのですか?」
「もちろんそのつもりだったさ。だけど、それはそれとして
首をかしげるアヒル姫に笑ってみせる。
ジェネラルゴブリンは正統的な軍事思想の持ち主だと俺とクロウは読んだし、たぶん外れてない。
でもそれは正攻法にこだわって融通が利かないって意味じゃないんだ。
いろんなプランを走らせていたことだろう。
俺たちだってそうだもの。
少数の兵で本陣を突くって作戦だって、べつに奇策ってほどじゃない。
戦局が膠着してしまったときにつかったらかなり有効だ。
七匹って数にも苦心の結果がみえて泣かせるじゃないか。
戦局にまったく影響しない遊兵だからね。大人数を用意するのは意味がないし、かといって少数じゃそもそも戦力にならない。
これがぎりぎりのラインだったのだろう。
「俺を倒せばここまでの敗勢をひっくり返せる。そう、それは正しいんだよ」
嘯いた俺はアリエッタを番兵のひとりに預け、俺は乗騎に拍車をくれる。
「ちょっといってくるわ」
「旦那様!?」
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