第26話 閃光ビリー
奇襲ってのは、突然襲いかかられるから怖いんであって、くると判っていればいくらでも対処の方法はある。
「旦那様!? きけんです! ひきかえして!」
うしろからアリエッタの声がきこえるけど、じつは本陣まで肉迫される方が危険なのだ。
六人の番兵は実戦経験ゼロだし、非戦闘員のアリエッタもいるからね。
だったら俺が始末した方が安心ってもんでしょ。
ぐんと馬を加速させ、勢いを付けてジャンプ。
見事な跳躍を思わず見上げてしまった間抜けなゴブリンの顔面に着地だ。
ばきゃんという音とともに血と脳漿が飛び散る。
そしてそのまま後ろ脚を蹴り上げれば、思い切り胸を蹴られたゴブリンが二匹、ぴゅーって勢いで吹っ飛んでいった。
子供が遊び飽きて放り投げた人形みたいに、二回三回と地面にバウンドしながら止まり、もうぴくりとも動かない。
まあ、最初の蹴りで死んでただろうけどね。
あっという間にゴブリンは残り三匹。
ぶるるんと鼻息を荒くした軍馬にびびり、すっかり腰が引けてる。
もともとゴブリンって臆病だからね。
一匹だと人前になんか出てこない。それが集団になると一気に凶暴性と好戦性が増しちゃうんだよ。
村を襲ったり、人間の女を犯したりな。
当たり前だけど人間とゴブリンは種族的にかなり遠いから混血は不可能だ。美的感覚もまったく違う。
なのに犯すって意味不明だよね。
感覚的には人間が犬や猫を犯すのに近いものがあるだろう。
まったく変な習性だよな。
俺が馬を竿だたせると、なけなしの勇気が潰えたのがわっと逃げ出そうとする。
いやいや、徒歩で騎馬から逃げられるわけないって。
前脚をおろすとそのまま加速して、三匹とも踏み殺した。
で、ここまできてようやくホブゴブリンが我に返ったように、吠え声とともに棍棒を振りまわした。
こいつで叩かれちゃうとさすがの軍馬も足が折れてしまう。
俺はとーんと鞍上から飛び降りる。もちろん軍馬を戦域の外に出すためにね。
「さあこいよ。デブ鬼」
くいくいと手のひらを動かして煽ってやる。
俺はゴブリン語なんて判らないし、ホブゴブリンだって
だけど表情と仕草で伝わるはず。
音程の狂った叫びとともに突っ込んでくる。
振り回す棍棒に一打ちされたら、へたしたら即死だ。
「ま、当たらなければ良いだけなんだけどな」
すいっと棍棒をいなしながらすれ違う。
三歩四歩と進んだホブゴブリンが、どさりと倒れた。
転倒の衝撃でごろりと頭が転がる。
はい、いっちょ上がり。
ホブゴブリンとただのゴブリンだもんな。苦戦するような要素はどこにもなかった。
「旦那様ー!」
ばっさばっさと飛んでアリエッタが近づいてくる。
もともとは人間なのに、なんでこうも違和感なく飛べるんだろうな。こいつといいクロウといい。
着地しやすいように伸ばした左腕にとまる。
「べつに危なくなかっただろ? アリエッタ」
「自分の目で見たことがまだ信じられませんわ。どうやってホブゴブリンをやっつけたんですの?」
「どうって、普通に剣で斬っただけだが?」
「抜いてなかったじゃないですか。ていうか今も抜いてないですよね」
「そんなわけないって。あいつの攻撃をかわしながら抜いて首をバッサリやって、鞘に戻したんだよ」
「これが閃光ビリー……」
アリエッタが呟くように言った。
ちょっとは格好いいって思われたかな?
俺が別働隊をやっつけている間に、主戦場の方も決着しつつあった。
もちろんサクラメント軍の大勝利でね。
さすが死神クロウが指揮する我が兵団だ。
やがて、総大将討ち取ったりの声が戦場に響き渡る。
「あれはジョンの声かな」
「本当に簡単に勝ってしまいましたわね」
なんだか疲れたようなアリエッタだ。それなりの覚悟で戦場に臨んだんだってさ。
負けるかもしれない。もし俺が戦死したらすぐに後を追おうってね。
でも、蓋を開けてみたら圧勝だった。
本当に危なげなく、なんの盛り上がりもなく勝ってしまった。
「不思議でなりません。ウルフ軍団だけでは勝利はおぼつかないと旦那様は言っていたのに」
「ウルフ軍団は強いけど主力にはできないからなあ」
個体戦闘力で比較したら、傭兵一人とウルフ一頭ではそんなに違わないと思う。
状況によってはウルフに軍配があがるかもしれない。
だけど、決定的な差があるんだよ。
「それは?」
「人間は戦争ができるけど、ウルフにはできないってこと」
ウルフたちがやるのは狩りだ。
食うための、生きるための戦いである。
効率よく敵を殺すとか、恐怖を植え付けるとか、皆殺しにするとか、そういう発想はない。
そういうくだらない発想をするのは人間だけ。
「陰謀や詐術を使うのも人間だけ。くだらないだろ?」
でも、そのくだらなさで最終的に人間は獣に勝利する。
悪辣に、容赦なく、ど汚く、勝利をもぎ取る。
ウルフ軍団にそういう貪欲さを持てというのは酷な話だ。
本能を捨てろっていってるようなもんだもん。
「でも新生サクラメント軍はそういう戦い方ができるんだ」
「そしてそういう戦い方なら、ゴブリンより人間に一日の長があるというわけですわね」
そう。
異種族の血を、異国人の血を、同胞の血を、測ることができないほど飲み干して、人間は今の地位を築いた。
そして地位を守るため、日々あたらしいノウハウが生まれている。
どんなに徒党を組んだところで、ゴブリンでは軍隊に勝てないんだよ。
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