第24話 機先を制する
ゴブリン軍が近づいてくる。
どろどろと不吉な地響きを立てて。
刻一刻とでかくなっていくその姿に、表情まで判る距離感に、新兵とかだったらパニックを起こしても不思議じゃない。
実際、俺の周囲にいる六人の番兵たちはけっこう青ざめてるしね。
でも傭兵あがり新サクラメント軍は毛ほどの動揺も見せていない。
むしろゴブリンチャンプの容姿を論評してるやつまでいるくらいだ。
相対距離は三町。
ここだ。このタイミング。
「一斉射撃用意! 三連!」
俺の声で、兵士たちが一糸の乱れなく弓を構える。
「第一射、放て!!」
鳥が飛び立つように撃ちあがる五十本の矢。
続いて、二射、三射。
五十人しかいない我が軍だけど、三連斉射すれば矢弾の数は百五十である。
先頭のゴブリンチャンプどもがぶっとい腕を振って払おうとするけど、さばききれる数じゃない。
しかもね、基本的に狙いはお前らじゃないんだわ。
チャンプやホブゴブリンの後ろにいたゴブリンどもがバタバタと倒れていく。
みるみるうちに、敵陣に疎と密の部分ができていった。
櫛の歯が抜けるみたいにね。
「進め!」
クロウの号令一下、サクラメント軍が前進を開始した。
陣形を立て直す暇すらなく、ゴブリン軍の前衛も前進する。矢に射られて呻吟する第二列を置き去りにして。
その瞬間である。
背の高い草の中に身を隠していたウルフ軍団が起き上がり、猛然と吠え立てながらゴブリン軍の左右両翼へと襲いかかった。
驚くゴブリンどもが次々と引き倒されていく。
足が止まった。
つまり天頂から俯瞰すると、ゴブリン軍前衛の百のうち最前列の十ほどが吸い出され、他が止まってしまっている格好である。
左右両翼の百ずつも、それぞれ二十五頭のウルフに牽制されて動けないし。
「
乗騎に拍車をくれクロウが一気に加速し、先頭のゴブリンチャンプに襲いかかった。
直前で竿立ちになった馬が強烈な前蹴りを叩き込む。
なんとか受け止めたチャンプだったが、安堵するには早すぎた。
大気を切り裂くように突き出されたロングソードに眉間を貫かれ、ゆっくりと後ろへと倒れていった。
たったひとりでゴブリンチャンプを打ち倒したクロウの堯勇を目の当たりにして、他のチャンプやホブゴブリンが蹈鞴を踏む。
それは、砂時計から落ちる砂粒が数えられるくらいの短時間でしかなかったが、元傭兵のつわものたちに充分すぎる隙だった。
前後左右から突きこまれた剣や槍に切り刻まれ、貫き通され、血の海に沈んでいく。
哀れなモンスターたちは気づくことができただろうか。
サクラメント軍の横陣は、吸い出された先頭部隊を包囲するために敷かれていたのだと。
クロウが先頭のゴブリンチャンプと衝突したとき、サクラメント軍五十名は十匹のチャンプやホブゴブリンをすっかり囲んでしまっていたのである。
普通に考えてゴブリンチャンプと人間が一対一で戦った場合、あきらかに前者が勝る。それこそクロウみたいな達人でもない限り、まず勝算は少ないだろう。
だけどこの局面だけでいえば、九対五十なのだ。
ここまで戦力差があったら、膂力の違いなんて問題にならない。
ゴブリンチャンプもホブゴブリンも、ほとんど何の抵抗もできずなます斬りにされていった。
「すごい……あっという間にチャンプとホブゴブリンが全滅しましたわ!」
なにか信じられないものに出会ってしまったようにアリエッタが叫んだ。
興奮状態だね。
自分で言っていたように戦術に関しては素人なんだろう。
種明かしをすればべつに複雑な話ではないんだ。
ゴブリンチャンプの個体戦闘力は高い。こいつらを前面に押し出してくるだろうことは最初から予想されていた。
それよりは劣るけどホブゴブリンもね。
常道というか、まあ正統的な考えである。
そんな戦力を後ろに控えさせても意味がないし。
だから俺たちとしては、まずはこいつらをなんとかする必要があったんだよ。
好き勝手暴れられたら厄介極まりないから。
なので最初の矢戦で、第一陣と第二陣を切り離した。
そして間を詰められるより先に突進して囲んでしまったわけだ。ね? 複雑でもなんでもないでしょ?
「たしかに説明されるとそうなのですが」
「ウルフ軍団の動きとかは、こっちの狙いを隠すためってのが一番で、あとは牽制だ」
足止めしてくれればそれで充分。
両翼をそんな削らなくても問題ないんだ。
「……ゴブリンの前衛部隊が完全に恐慌に陥っていますわね」
「そういうこと」
最強の駒であるチャンプ部隊があっさり全滅してしまったから、一気に混乱の淵に叩き落とされたのである。
「初手を誤ったな。ジェネラルさんよ」
うそぶく俺の視線の先、サクラメント軍がゴブリンの前衛部隊を散々に蹂躙している。
矢戦で二列目が崩されたとき、チャンプたちの第一列を後退させるか、第三列をすぐに間を埋めさせるかするべきだったんだ。
第二列の生き残りは見捨ててね。
でもジェネラルはそれができなかった。
結局、それがすべてである。
前衛部隊は壊滅的な大打撃を受けて崩壊寸前。左右両翼はウルフ軍団に牽制されている。
もうすぐ本隊がむき出しになるだろう。
「さあジェネラル。次はあんたの手番だぜ」
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