第23話 さあ開戦だ


 翌朝、旅の疲れを癒やしたサクラメント軍はさっそくデイタン平原に布陣を始めた。


 まずは野戦陣地の構築である。

 ここに俺が陣取って総指揮を執り、クロウが前線で兵たちを動かすのだ。


 リトリバ村から一刻も離れていない場所なので、村人たちも手に手に丸太や工具を持って陣地作りを手伝っている。


「でも、ここに旦那様というか総大将がいるというのは、敵からも判りますわよね? 危険ではないですか?」


 肩に乗ったアリエッタが首をかしげながら訊ねた。

 危ないから城に戻っていなさいと言ったのに、どーしても一緒に行くとついてきてしまったのである。


 あんまり突き放して勝手に戦域に入っちゃったらかえって危ないから俺の手元に置くことにした。

 これなら守れるからね。


 さすがにオリバーやクインは城に帰したけどね。

 観戦の余裕はたぶんないし。


「危険でない場所はないんだよ、アリエッタ。それに、わざと見せているって側面もある」


 本陣の場所が判っていれば、そこをめがけて攻め上がるって選択肢が敵の頭をよぎるかもしれない。

 そしてそれは色気を出すってこと。


 数が多いのだから整然と隊伍を組んで前進した方が良いに決まっている。だけど、一発で決められる可能性があると、そこに手を伸ばしてみたくなるもんなんだよね。


 反対に、本陣の場所がはっきり判るのがおかしい。罠に違いない。なんて思ってくれたら、それはそれで相手を惑わずことになになる。


「罠があるって思わせるだけで、正常な判断力の何割かは奪うことができるからな」

「つまり、駆け引きはもう始まっているということですわね」


 そういうこと。


 さらにいえば、本陣を作ったからといって俺が絶対にそこにいなくてはならないって法もない。

 ようするに、この丸太を組んだだけの粗末な陣地にはいろんな使い道があるんだよね。


 補給線がものすごく短いからこその戦術ともいえるだろう。

 デイタン平原を決戦場に選んだことは、たしかに抜かれたら後がないっていう危険もはらんではいるんだけど、こういう利点があったりする。


「ビリー、斥候からの報告だ。敵本隊が動き出したぞ」

「敵も打つ手が早いね」


 設営中の本陣に入ってきたクロウに、俺は下手な口笛を吹いてみせた。

 ゴブリン軍も斥候を出していたんだろうね。


 そして、本陣の完成を待ってるのはただのバカってことが判る程度以上の戦術眼があるってことだ。


「速い上に迷いがない。おそらく一刻ほどで戦域に入るだろう」

「仕方ないな。設営中止、領民は村に帰せ」

「了解した。兵士たちは小休憩でいいな?」

「任せる」


 一刻以内に野戦陣地を完成させられない以上、設営を続けても意味がない。

 粘っても領民たちを危険にさらすだけだ。


 ならばいっそ設営は諦め、敵が現れるまでの一刻を休憩に充てたほうが良いだろう。

 移動し続けたゴブリン軍と比較して、少なくとも疲労度においては有利になる。


「戦とは、始まる前からこうも読み合うものなのですね」


 クロウの後ろ姿を眺めながらアリエッタが感心した。


 どうでもいいけど、カラスを肩に乗せた従士(本体はカラスで身体はゴーレム)と、アヒルを肩に乗せた男爵(じつはアヒルは嫁)って取り合わせは、ものすごくシュールだと思う。

 いや、ほんとにどうでもいい感想なんだけどさ。


「ちゃんとがある敵との戦いはこんなもんだな。こっちの都合では動いてくれない。盗賊団とかならバカだからラクで良いんだけど」

「ゴブリンに劣る知能の盗賊団……」


 いやいや、そう言ってやるなよう。

 ゴブリンジェネラルが規格外なだけで、さすがに普通のゴブリンよりは盗賊団のほうが頭良いって。

 少しは。


「旦那様のほうが酷いことを考えてそうな顔ですわね」

「ただまあ、ゴブリンジェネラルっていっても個体差があるからな。どうしてそんなのが発生するのかってメカニズムも判ってないし」


 本当はモンスターの生態だってちゃんと研究したほうが良いんだけどね。

 敵を知ることで勝率だって高まるんだから。






 北側の森からゴブリン軍は姿を見せた。

 トンプネ川に沿って南下してくることは予想通りだったから、とくに驚きはない。

 予想外だったのは数である。


「四百はいそうに見えますわね」

「そんなにはいないさ。せいせい三百五十ってところだ」


 ちょっとだけ怯えた声のアリエッタに微笑してみせる。

 三百でも四百でもやることは一緒だ。

 一匹の残らず叩き潰す。それだけ。


「ゴブリンチャンプやホブゴブリンを前面に押し出した凸形陣だな。今回のジェネラルは正統的な手腕の持ち主らしいぞ。ビリー」


 馬を寄せてきたクロウが報告してくれる。

 こいつって昔から敵陣の把握が速い上に正確なんだよな。十町以上も離れているのに判るんだよ? なんで判るんだって昔は疑問だったさ。


 本体がカラスだから上空から俯瞰してるってからくりだったんだよね。

 まったく、なんて反則技だよ。

 そんな手が使えるんだもん、そりゃあ敵陣の穴とかだって的確に突けるってもんだ。


「凸形で力攻めか。小細工に走ってくれればラクだったのにな」

「敵も然る者さ。ではわたしは前線に行く。開戦指示をよろしく頼むぞ」

「判った。三町まで近づいたら射撃を指示するから」

「了解だ」


 軽く手を振ってクロウが離れていく。

 敵は凸形陣。こちらは工夫もなにもない横陣。

 さてさて、ジェネラルさんはこの状況をどう読むかね。

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