第22話 新生サクラメント軍
ゴブリン軍の様子は、リトリバ村に設けられた臨時指揮所に逐一報告されている。
設けられたっていうか、また村長の家を使ってるだけなんだけどね。
なんか俺、自分の城にいる時間より村長宅にいる時間の方が多い気がするわ。
現在のところ、ゴブリン軍はうまく誘導されている。
おそらくまっすぐにデイタン平原を抜けて、トンプネ川のサクラメント水車を狙うだろう。
そしてそれは戦略的に正しい。
誘導うんぬんを抜きにしてね。
ゴブリンの最終的な目的は破壊でも殺戮でもないから。サクラメント領にある食料をごっそり根こそぎ奪いたいんだよ。
だからまずリトリバ村を狙う。
鮭が入ったいけすがあるし、燻製小屋もある。獣肉の一次加工場もここだ。
狙う理由は充分である。
あと危ないのは、イノシシ牧場を作ったアスク村とか、ウルフ隊の育成施設を作ったルルー村あたりかな。
つまり、そっちに狙いがいかないようにって部分に意を用いた感じだ。
難しくはないけどね。
いまはとにかくリトリバ村の生産量がすごいから。
これ、良くない状況だってアリエッタが言ってたな。富の偏在は不公平感になって、最終的に領民の離反に繋がるって。
「人間は貧乏にはある程度まで耐えられます。ですが不公平には我慢できないものですわ」
だそうだ。
でも、貧乏暮らしもけっこうつらいんだよ?
ともあれ、将来的にはサクラメント男爵領にある五つの村に生産拠点を点在させて、それをサクラメントの町に集約していくって方法で話はまとまっている。
「いまは将来のことより、目前のピンチをなんとかしないとだけどな」
「ウィリアム。傭兵たちが到着しました」
ぽつりと呟いたとき、オリバーが書類の束を抱えてやってきた。
こいつはこいつで、サクラメント水車が稼働してから常に書類束を抱えてるな。秘書の仕事を分散してやらんと潰れてしまうぞ。なんとかしよう。
早急に処理すべき案件として脳裏にメモしながら俺は席を立った。
「すぐいく」
「クロウよ。たったいまより貴公をサクラメントの従士に任じる。号は
「我が命と我が剣を、我が君に」
地面に片膝をついたクロウが捧げ持った剣を受け取り、太陽にかざしてからふたたびクロウの手に戻す。
すっごい略式だけど、従士の叙任式だ。
本当は城の広間でやるんだけどね。
いまは城まで戻ってる時間が惜しいし、そんな余裕もない。
いつゴブリン軍が襲ってくるか判らないからね。
リトリバ村の広場で見守るのは住民や傭兵たち。
騎士だって戦地叙勲とかあるからね。珍しいけどダメってわけじゃない。
で、従士の号は本名のグレイスにした。これは本人の希望である。
偽名のクロウが気に入ってないわけじゃないけど、たまには本名を使う機会があっても良いってことらしい。
「みんなも今日からサクラメントの正規兵だ。よろしく頼むぞ」
大声を張り上げると、元傭兵たちが歓声とともに武器を振り上げた。
知っている顔もある。
さすがトーマスの人選ってやつで、一騎当千のつわものどもだ。
「で、最初の仕事は戦争だ。敵はゴブリンジェネラルが率いるゴブリンが三百匹」
「だろうと思った。俺らにラクをさせるつもりは一切ないってことだよな! 閃光ビリー!」
最前列にいたさび色の髪の大男がゲラゲラ大笑いする。
トマホークジョンってあだ名のバトルアックスの使い手で、何度か組んで仕事をしたことあるんだ。
ガラはあんまり良くないけど、まあ一口にいって好漢だよ。
こいつに背中を預けて、それで死んだら仕方ないかなって思えるくらいには信頼してる。
「うん。楽な仕事はないだろうなって思ったから、お前らを紹介してもらった」
「しゃーしゃーと言いやがるぜ! みんな! 男爵様は給料分は働けとよ! だったら給料分以上に働いてボーナスをもらおうじゃねえか!」
ジョンの大声にわっと兵士たちが沸き、ボーナス! ボーナス! 大合唱が始まった。
ったく、しかたねえな。
「わーったよ! ボーナス弾んでやる! でも勝ってからだぞ!」
俺が腕を振り上げると、歓声が爆発する。
士気がどーんと跳ね上がってるのが端で見ていても判るのだろう。オリバーやアリエッタが息を呑んだ。
ジョンはべつに金が欲しくてああいう発言をしたのではない。あ、いや、そりゃあもちろん金は欲しいだろうけど、狙いはそれじゃないんだ。
強大な敵と戦うテンションに持っていくのが目的である。
たとえば王国正規軍とかだったら祖国の守りとか王家への忠誠とか、そういう文言で士気をあげるんだ。
祖国の興廃はこの一戦にある、とか指揮官が訓令してね。
でもサクラメント軍って、いま本格的に結成したばっかりだからね。お金っていう判りやすいアイテムが向いているし、俺が偉そうに語るよりも仲間の檄の方が効果がある。
そういうのを皮膚感覚で判ってるのがトマホークジョンなんだ。
「領主どの。
歓声のなか進み出た従士グレイスが静かな声で促す。
俺は兵士たちを
「デイタン平原にてゴブリンどもを迎え撃つ」
「「応! 応!」」
どんどんと足を踏みならし、武器を打ち鳴らし、戦意は充分である。
すっと一呼吸おき、
「一匹たりとも生かして帰すな」
さっと右手を振る。
「「応ともよ!!」」
耳が痛くなるほどの大声で、全員が唱和した。
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