第21話 こいつは戦争だよ


 実戦経験ゼロのロニーが尻込みしてしまうのは判るが、そもそも戦うしか選択肢はない。


 仲良く共存共栄していきましょうね、なんて考えられる相手が怪物モンスターと呼ばれるわけがないからだ。


 たとえば凶猛さでいったらヒグマの方がゴブリンなんぞよりずっと強いさ。だけどヒグマをモンスターと呼ぶやつはいない。

 共存はできなくとも棲み分けは可能だから。


 ヒグマが徒党を組んで町を襲い、男を殺し女を犯し食料をすべて奪い去ったなんて話は存在しない。

 でもゴブリンはそういうことをする。


 傭兵時代、救援に駆けつけた集落が手遅れだった局面に、何度か遭遇したことがあるんだ。

 悲惨だったよ。

 とても言語化できないレベルでね。


 だからこそ、やつらモンスターなんだよ。

 共存なんて無理。

 ゴブリンが滅びるか、人間が滅びるか。どっちかでしか決着しないだろう。


「腹をくくれ、ロニー。これは戦争だ」

「は、はい!」


 サクラメント水車が稼働して鮭が豊漁になったときから、モンスターの襲撃は予想されていた。

 規模が予想をはるかに上回っているだけで、迎撃して叩き潰すという方針は変えようがない。


 ただまあ、ゴブリンジェネラルが発生しちゃったのは厄介極まりないんだけどね。

 ただのゴブリンの群れだったら力押ししてくるだけなんだけど、ジェネラルが率いるゴブリンどもは作戦行動とるんだ。


 ロニーにいったように、狩りでも駆除でもなくて、戦争になるってこと。

 さて、どうするか。


「アリエッタ。知恵を出してくれ」

「これは戦争だ、なんて、すっごいドヤ顔でかっこつけたくせに、なんのためらいもなく私に振りましたわね。旦那様」


 やれやれとアヒルが両翼をひろげてみせた。


「だって、なぁロニー?」

「サクラメントで一番の賢者は奥方様ですし……」


 顔を見合わせて頷き合う。


「ダメ男ども……」


 ぼそっと呟くアヒル姫だった。

 つらい。





「まず、旦那様の言ったとおり、戦う場所を選ぶ必要があると思いますわ」


 ひとしきり俺とロニーをいじめたあと、クインに抱かれたアリエッタが話しはじめる。


 数が少ない俺たちには奇襲の方が向いてるんだけど、森の中は人間のフィールドではない。

 どっちかっていうとゴブリンたちの方が森林戦の専門家に近いだろうし、こっそり近づいて暗闇からブスリってのは、まさにモンスターのお得意戦法だ。


 だったら、広い草原なんかのほうが戦いやすいだろう。


「ウルフ軍団の機動力を最大限に活かせるでしょうし。ただ、どう活かせば良いのかは、私には判りませんが」


 アリエッタには戦術や作戦の知識はないんだってさ。

 そこはまあ、どっちかっていうと領主ではなくて軍指揮官の領分だからね。


「平原戦だと数の差がそのまま出てしまうけど、ウルフ隊を攪乱に使えればやりようはあるか……」


 俺はうーむと腕を組む。


「旦那様が作戦立案できるというのは頼もしい限りではあるのですが、どう見ても領主ではなくて武人の顔ですわよ」


 くすくすとアリエッタが笑う。

 それはそれで素敵ですが、とか、とってつけたように褒めてくれなくても良いんだよ?


「ともあれ、クロウたちが到着しないと作戦もへったくれもない。時間を稼がないといけないな」


 肩をすくめてみせる。


 クロウを入れて五十一人の戦力だ。

 これに城の番兵と俺を合わせれば五十八人。五十頭のウルフ軍団。

 それがサクラメント男爵軍の総数である。


 こいつで三百匹のゴブリンを撃退する算段を立てないといけない。

 さすがに厳しいけどね。

 やらないとこっちがやられてしまうんだわ。


「ロニーたちは狩人と連携して哨戒活動を続けてくれ。なんとなーくトンプネ川沿いに攻め上がれば有利なんじゃね? くらいに見えるように隙を作りながらな」


「は!」

「旦那様? デイタン平原で戦うつもりですか?」


 力強く頷くロニーと、小首をかしげるアリエッタだ。


「抜かれたら後がありませんわよ?」


 デイタン平原ってのは二割くらいが畑として開拓されてる原野である。このことからも判るとおり、リトリバ村に隣接している。

 というよりも、デイタン平原の一部を切り開いて作ったのがリトリバ村なんだ。


 だから、アリエッタが言うようにここを突破されたらもう村だ。文字通り後がない。

 そんな場所を決戦場に選ぶのは危険ではないかっていう意見は一理あるんだ。


 けど、一戦で決着を付けないと待っているのは泥沼の消耗戦なんだよね。

 ゴブリンどもは戦力を小出しにする。こっちも少数の部隊で迎撃する。こんなことを冬の間ずっと続けますかって話だ。

 まず領民たちの精神がもたんわ。


「結局な、アリエッタ。この手が最高! なんていう選択肢はないんだよ」


 これが最悪って想定があって、それよりも少しでもマシって手を選んでいくしかない。


 デイタン平原での決戦はいい手とは言えない。

 相手の方が圧倒的多数なのにだだっ広い平原で正面決戦なんて、バカのやることだ。


 けど、夜ごと日ごとに奇襲を繰り返されるよりはマシ。

 同時多発的にいろんなところを攻められるよりはマシ。

 そういう選び方なのである。


「なるほど……しんどい選択ですわね」


 むむむとうなるアリエッタだった。

 こればっかりは仕方ないんだけどね。

 絶対に勝てるって戦法があるなら、俺だって知りたいさ。

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