第20話 かえってきたぞ


「さてクイン。お前は俺の妻の側付きになってもらう」


 サクラメントへと戻る馬車の中、恐縮しまくりのクインに職分を伝える。

 小者の自分がキャビンに同乗なんてとんでもないって言っていたのを無理に乗せたのだ。


 歩きながらする話ではないし、なにしろうちって特殊な事情があるから。

 車輪の音が防音壁になってくれる車内はけっこう密談にうってつけだ。


「ああああたしがですか!?」

「年齢も近いし、仲良くしてやってくれるとありがたい。妻もクインのことは気に入ったようだしな」

「え?」


 きょとんとする。

 まあそうだよね。

 キャビンの中には俺とクイン、そしてアヒルしかいないんだから。


「よろしくね。クイン」


 そしてそのアヒル姫が口をひらいた。


「しゃ、喋ったぁっっっっっ!?」


 しえええー! と、ものすごく変なポーズで驚くクイン。

 楽しそうだなぁ。


「呪いで白鳥に変えられてしまったけど、私が正真正銘のアリエッタ・サクラメント男爵夫人よ」

「はく……? あ、はい。白鳥ですね」


 なにか言いたげだったけど、あっさり頷いた。

 空気を読む娘である。

 傭兵ギルドのトーマスとは大違いだ。


「こんなナリだから、基本的には人前では喋れないわ。だからクインには私の言葉を伝える役をやってもらいたいの」

「せ、精一杯つとめます! 奥方様!」


 声をうわずらせて応える。

 昨日まで盗賊団の下っ端だった少女が、いきなり貴族の側付だ。

 出世物語なんてレベルじゃない。


 さすがにそれはどうかと思ったんだけどね。まずは一、二年修行させてからの方が良いんじゃないかって俺の意見は笑って流されちゃった。

 旦那様がそれを言うのかって。


 ともあれ、アリエッタに同年代の友人ができるのは良いことではある。

 多感な時期だからね。


 俺には話したくないこともあるだろう。そういうときの話し相手になってくれたりしたらありがたい。


「私にとってクインは初めての家臣ですわ。よしなに」

「命に代えてもお守りします!」


 うん。微笑ましいね。






 日の旅程は何事もなく過ぎた。

 問題があったのは、サクラメント男爵領に入った直後である。

 普段は無人の領境関所で、すでに迎えが待っていたのだ。


 サクラメント男爵家に六人しかいない番兵の一人で、普段は俺の城の門番をしている。


 そのためだけに雇ってるのかよって笑わんでくれ。

 さすがに門番も置かないってのは、貴族として格好悪すぎるんだ。


「ロニーじゃないか。出迎えご苦労?」

「お館様! いまかいまかと首を長くしてお帰りを待っておりました!」


 車窓から顔を出して話しかければ、赤茶けた髪の青年兵士が、安堵したような表情で言う。


 なにかあったんだろうか。

 王都まで迎えにこなかったってことは、万が一にもすれ違ってしまったら取り返しがつかないくらいの状況かな。


「乗ってくれ。話は道々きこう」

「は。失礼いたします」


 クインと違って必要以上に恐縮したりせずに乗り込んでくる。

 これは兵士の心得でもあるんだ。

 国の大事なれば、たとえ主が情事の最中でも駆け込むべしってね。


 俺には情事する相手なんかいないんだけども!

 ともかく、そんな報告はききたくない、なんて君主がほざき出したらその国はもう滅亡しか待ってないっすよ。


「北の森に小鬼ゴブリンどもが集結しつつあります」

「ふむ」


 俺は視線で先を促す。

 ゴブリンに限らないが、モンスターの襲撃は予想されていた。

 鮭に獣肉、冬越えの食料として垂涎だからね。


「ウルフ隊の偵察によると、数は二百から三百と推測されます。おそらくは将軍ジェネラルが発生したかと」

「そいつは豪気だ」


 ぴゅうと口笛を吹いちゃったよ。


 ゴブリンジェネラルってのは、ゴブリンの変異種の一つ。べつにやつらの社会に将軍だの王様だのがいるわけじゃないんだけど、俺たち人間はそう呼び習わしてる。


 なんでかっていうと、ジェネラルが発生した群れは軍隊レベルにまで数を増やすから。

 それを率いるってことでジェネラルさ。


 しかも、ジェネラルが発生するとゴブリン祈祷師シャーマンとかゴブリン英雄チャンピオンとかも発生しやすくなるんだ。


 まーあ、厄介だよね。

 シャーマンは魔法を使うし、チャンピオンは単体戦闘力において人間をはるかにしのぐ。

 数だけでも厄介なのに、変異種の相手もしないといけないってこと。


「現状、ウルフ軍団を警戒しているのか様子見という感じですが」

「時間の問題だろうな」


 言って、俺は腕を組んだ。

 ウルフ軍団は強い。同数のゴブリンが相手ならまず負けないだろう。倍の数でもいけるかもしれない。


 ただ、五十頭しかいないのである。

 三百匹のゴブリンと戦ったら、まず勝算は少ない。

 力押しでこられると苦しいのだ。


 とはいえその方法だとゴブリンどもにも相当の被害が出る。ウルフ一頭倒すのにゴブリンが二匹ずつ死んだら、損害百匹だからね。

 ジェネラルくらい頭が良くなると、その損害を嫌うから、睨み合いになっているというわけだ。


 でも時間は待ってくれない。

 刻一刻と冬が近づいてるわけで、いずれゴブリンどもは総攻撃を選択せざるを得なくなる。


「まず、戦う場所を選ぼうか」

「戦われるのですか……」


 ごくりとロニーが喉を鳴らした。


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