第19話 庇護


 とりあえず広場まで移動した。

 ここはちょっとした公園になっていて、王都にすむ人々の憩いの場である。


 芝生もあるしベンチも噴水もあり、休日ともなれば吟遊詩人や大道芸人たちが芸を披露し、子供たちが群がり、軽食を売るスタンドが建ち並ぶ。


「さて、俺にいったい何の用だ?」


 くりると振り返り、一定の距離をおいてずっとついてきていた少女に声をかける。

 もちろん相手も気づかれていないと思っていたわけではないだろう。

 話しやすいような場所に誘導していたってことも判ってたはずだ。


 一瞬だけびくっとしたが、少女ははしばみ色の髪を揺らして駆けより、俺の足下にすがりついく。


「どうか庇護を!」


 そして大声で叫んだ。

 なるほど、そういうことか。


「承知した」


 一つ頷き、俺ははっきりと宣言する。


 庇護請いってのは、簡単にいうと「私は困っています。どうか助けてくれませんか」ていう助けを求める契約儀式なんだ。

 多くの場合は貴人や武人に求めるね。


 求められた側は、べつに受けなくても良いんだけど、断ったって話は聞いたことがない。

 見込まれたってことだし。


 まーあ、庶民を助けるってのは貴族の義務でもあるしねー。


「名は?」

「く、クインと申します」

「よろしい。ウィリアム・サクラメント男爵がクインの庇護者となる。異論ある者は申し出よ」


 ぐるりと広場を見渡せば、人々が頭を垂れて賛同を示す。

 これもまた形式的なことなんだけどね。

 公然と貴族に刃向かう人なんて、そうそう滅多にいないさ。


「男爵様……ありがとうございます……」

「よく俺が貴族だって判ったな」


 ひたすらかしこまっているクインに笑いかけてやる。


「腕をひねりあげられたとき、ちらっと首飾りがみえて……」


 紋章のついた首飾りなんて貴族くらいしか身につけないからね。だけど俺は傭兵と名乗った。

 だからクインは十全の自信があったわけじゃない。


 最後は賭けだった。

 ただの傭兵に庇護を求めたってあんまり意味がないっていうか、腕っ節以外なんにもないからね。


「それで、俺になにを求める?」

「できましたら、男爵様の従者に……」


 つまり、盗賊団をやめたいって意味だ。

 順当なところだろう。

 好きでスリなんかやってる人間も、いるのかもしれないけど少数派だろうからね。


「判った。小者でいいか?」

「身に余る光栄です!」


 満面の笑みを浮かべるクイン。


 小者ってのは簡単にいうと雑用係ね。

 決して高い地位ではないっていうか、ぶっちゃけ格付けとしては一番下だけど、貴族の家に勤める平民はまずここからスタートする。


 いきなり従士とか高級官僚とかいう話には、普通はならない。


「では、話を付けにいこうか」


 にやりと俺は笑って見せた。




 クインの案内で盗賊団のアジトに赴く。


 貧民街スラムの一角だ。

 まあ、盗賊団のアジトが高級住宅街や貴族街にあるなんて聞いたことがないのでふつうのことだろう。


 入り口に近づくと、わらわらと向こうから出てきてくれた。

 ノッカーを鳴らす手間が省けたね。


「なにもんだてめぇ!」


 そしていきなり吠えかかってくるチンピラくんだ。

 まずは大声で威嚇しようってのは、そんなに間違った考えじゃない。


 だけど戦場に出たことのある人間にはあんまり通用しない。貴族として人を殺す覚悟を幼少期から叩き込まれている人間にもね。

 だから、俺は当然として肩の上のアヒル姫も涼しい顔である。


 クインはびびって俺の後ろに隠れてるけどね。


「クインを俺の庇護下に置いた。そのことについて頭目と話がしたい。取り次いでもらえるか」


 穏やかな口調でチンピラくんに話しかける。


「ふざけやがって! ぶっ殺してやる!」


 そしたら、いきなり剣を抜いて飛びかかってきた。


 バカか?

 盗賊風情が貴族に向かって剣を抜いたんだよ?

 どういう意味か判らないのか?


「やれやれ……」


 ため息をついた俺は腰間の剣に手をかけ、


「疾っ!」


 気合いとともに一閃を放つ。


 肘のラインで切り離されたチンピラくんの腕が宙を舞い、獣じみた絶叫と鮮血が吹き上がった。

 盗賊どもが息を呑む。


「俺は庇護下って言ったぞ。それがどういう意味なのか、わざわざ解説しないと判らないのか?」


 ぐるりと睥睨する。

 あらら。きょとんとしてるやつまでいるじゃん。

 庇護法すら知らないのかよ。


 仕方ないな。

 ため息とともに外套をちょっとずらして首飾りが見えるようにする。


「ウィリアム・サクラメント男爵だ。庇護法に基づきクインの身は俺が預かる。異論のある者は申し出よ」

「い、異論ありません! 手下のご無礼、ひらに! ひらに!」


 建物からこけつまろびつ飛び出してきて男が平伏した。

 こいつが頭目かな?

 ちらっと後ろを振り返るとクインが頷く。


「べつに実害はなかったから良いけどな。でも親分さんよ、子分どもに庇護法くらい教えとけ? もし俺がかすり傷ひとつでも負ってたら、お前ら皆殺しじゃ済まねえぞ?」

「ひらにご容赦を!」


 地面に額をぶつけて詫びる。


 こいつら運が良かったのよ。俺がそれなりに強くてチンピラごときじゃ相手にもならなかったから、話が大きくならなくて済んだ。

 言ったように、もし俺が怪我なんかしたら大事件だよ。


 貴族に怪我をさせたなんていったら、このあたり一帯に住んでるやつら、全員吊されてるだろう。

 どの盗賊団だとか関係なしに。


 国は威信に賭けて実行する。

 絶対にね。


 もう良いぞと軽く手を振って、俺は踵を返した。


 スラムなんて長居したい場所じゃないし、盗賊団の頭目の土下座だって見ていて心楽しいものじゃない。

 筋が通ったなら用事は終わりさ。


 なんか後ろで怒鳴り声と悲鳴が聞こえるけど、そこは知ったこっちゃない。

 親分に恥を掻かせたチンピラくんが殺されただけだろうし。


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