第18話 雑踏でぶつかられたら、まずスリを疑え


 なんと二日で用事が済んでしまった。


 まずはクロウを筆頭に五十人の傭兵を正規雇用。これがサクラメント男爵軍になる。小隊規模だけど、五十頭のウルフ軍団と合わせたらけっこうな戦力になると思う。

 もちろん本格的な戦争ってことになったら話にもなんにもならない数だけどさ。野盗やモンスターの襲撃にはそれなりに耐えられるはずだ。


 そして、技術官僚としてサイサリスとイノリ。

 前者には貯蔵庫や燻製施設、肉の解体場など設計してもらわないといけないものが山ほどある。


 後者は街道整備のための測天量地ってのをやってもらう。

 土地をちゃんと区切って、きちんとした地図を作るってのが、まず一つ目の目標らしい。


「とりあえず、今回のスカウト活動はこれでおしまいですわね」

「ほかにも足りない人材はいっぱいだけど、予算的に厳しいからなぁ」


 アリエッタと作戦会議だ。

 といっても、じつはもうできることはあんまりない。


 高級官僚が二人に従士が一人、正規兵が五十人。

 けっこうなお金がかかるんですよ。


 サクラメントの経済力はどんどんあがっているとはいえ、無限の金貨があるわけじゃない。

 それこそサラソータ侯爵領の予算と比較しちゃったら、子供のお小遣いレベルだ。


「滞ってる借金の返済もしたいしな」

「そんなものは無視でよろしいですわ」


「いやいや。あなたの父上から借りてるお金ですからね?」

「白鳥に変えられたかわいそうな姫を娶ったんですもの。借金なんか全部チャラでいいですわ」


 ふんと胸を反らすアヒル姫だった。

 酷い話である。

 お義父さん、娘に切り捨てられましたよ。





 予定を早めて男爵領に戻ることにした。

 商工会と傭兵ギルドには、準備が整い次第サクラメントに向かうように言伝を頼んでね。


 彼らの残務処理を待っていたら、宿代だってかさんじゃうから。


「んで、どうする?」

「どうとは?」


 広い大通りを歩きながらの問いかけに、問いが返ってきた。


「せっかく王都にきたんだから、少しくらい遊ばないかと思ってさ」

「この姿では、遊ぶといっても限られますわ」


 トリにドレスやアクセサリーを買っても意味がない。

 基本的に雑食だからなんでもは食べられるんだけど、あんまり人間用の味付けのものは食べない方が良いだろうし。


「なんにもしないで帰るというのも、ちょっともったいない気がしてな」

「貧乏性ですわね。私は宿で留守番しておりますから、賭場か娼館にでもいってくればよろしいのに」


「ばっ! おまっ! いったことねぇよ! 子供が悪い遊びをすすめんな!」

「そこで狼狽するとか……」


 やれやれと首を振るアリエッタだった。

 つーかこいつ耳年増すぎる。

 実家でどういう教育を受けてきたんだ。


 賭場も娼館もほいほい行っちゃダメなところなんだよ? まして夫にいってこいとか言っちゃダメなんだよ?


「変なところで潔癖ですわね。よくそんなんで傭兵ができたと首をかしげてしまいますわ」

「アリエッタ。きみは傭兵に偏見を抱いている」


 護衛対象のお嬢さんを犯して殺したとか、悪いことをする傭兵もいるけどさ。そういうやつはむしろ傭兵ギルドが矜持をかけて始末するんだ。

 ものすごく残酷な殺し方でね。

 それが結局、ギルドの看板を守ることに繋がる。


 鬼畜の集まりだ、なんて思われちゃったら王国政府に目を付けられて殲滅されることもあるんだ。


 というのも傭兵ギルドでも傭兵団でも良いけど、武装集団だから。

 為政者は常に警戒してる。

 品行方正である必要があるのだ。


「でも前に舐められたら終わりみたいなことを言ってませんでした?」

「それもある。だから、あいつらっておっかねえけど良いところもあるよな、くらいの評判がちょうど良いんだ」


「なかなか難しい注文ですわね」

「ギルドでも苦労してるみたいだぞ……と」


 喋っていると、どんとぶつかられた。

 人混みだからね。

 定番のスリだ。


 財布を抜こうとした手をひねりあげる。


「いたたたたっ!?」


 高い声、目深にかぶっていた帽子が落ち、顔があらわになる。

 女の子だ。

 年の頃ならアリエッタより少し上、十一、二ってところかな。


「はなせっ!」

「そうもいかねえ。おめえがいま狙った相手はギルド所属の傭兵だ。この意味がわかるな?」


 ドスのきいた声で脅しつけてやる。

 みるみるうちに女の子の顔色が悪くなっていった。


「あわわわわわ……すみませんすみません……命ばかりは……」


 ガタガタ震え、目には涙まで浮かべている。


 これが傭兵ギルドのネームバリューってやつ。

 舐めた真似をしてきた相手は必ず殺す。依頼に忠実でなかったやつも必ず殺す。

 その評判が、最終的に俺たちの身を守るのである。


「旦那様。そんなに怖がらせてはかわいそうですわ」


 肩の上、耳元に口を寄せたアリエッタがたしなめた。

 軽く頷いて手を離す。


「相手を見て仕事しな。それが長生きの秘訣だぜ」


 言い置いて俺はふたたび歩き始めた。

 さすがに天下の往来で斬り捨てるつもりはない。


 王都にいくつも存在する盗賊団の下っ端ってところだろうし、そんなのをいちいち殺していたらきりがないからな。

 財布が守れたらこっちとしては充分だ。


 これ以上かかわるつもりもないさ。


「……旦那様、あの子ついてきてますわよ」


 アリエッタの注意喚起で振り返れば、スリの少女がぴょこぴょことついてきていた。

 


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