第17話 東の国からきた女


 本人に説明させた方が良いだろう、ということになった。

 やがて貴賓室に現れたのは妙齢の女性である。


 黒い髪と同じ色の目ってのはなかなか珍しい容貌だけど、異国風の美女と称するには髪にも服装にも飾り気がなさ過ぎだ。

 実用一点張りのチェニックとパンツ。

 どこぞの商店の小僧みたいな格好である。


「あなたが男爵様だね! ボクを雇ってくれるんでしょ!」


 そしてすっごい食い気味に迫ってくる。

 サイサリスよ。これは明るく積極的ではなくて、ぐいぐいくるって評すべきではないか?


 老人に視線で問いかけるとついっと目をそらされた。

 こいつ……。


「ウィリアム・サクラメントだ」

「ボクはイノリ! 土木屋さ!」


 自己紹介というより、ずばーんとした宣言だ。

 物怖じしないのは良いことではあるけど、貴族相手の礼儀としてはかなり微妙だよ。


「はるか東方、ヒーズル王国の出身でしてね。さまざまな知識を持っているのですが」


 補足するように言ったサイサリスが肩をすくめる。


 異国人ゆえに、この国の常識を知らない部分があってトラブルを誘引してしまう。さりとてその知識や経験は放逐するには惜しく、商工会の内部組織に籍を置いていたということらしい。

 まさに使いこなすのが難しい異才ってやつだ。


「イノリには野心があるという話だったけど」

「地図を作るのさ! 正確なやつをね! いまある子供の落書きみたいなもんじゃなくて!」


 またまた食い気味に、きらっきら目を輝かせて語る。

 そしてそれは、まえにアリエッタが言っていたちゃんとした街道を整備しなくてはいけない、という部分にも重りそうだ。

 ちょっと水を向けてみようかな。


「サクラメント男爵領には、郡都と五つの集落があるんだ。妻はこれらを有機的に結合させる街道を作ることが経済発展の鍵だといった。これについてイノリは……」

「天才! 男爵様の奥さんは天才だね!」


 最後まで言わせずに褒めちぎる。

 こいつ、たぶん頭の回転がものすごく速いんだな。だから最後まで話を聞かなくても文意をくめるんだ。


 たしかに問題児だわ。

 話を遮られたと思って怒る人も少なくないだろう。

 聞いてないのかってね。


「郡都ってのは身体に例えると心の臓さ! 村々は手や足だね! そして街道は血管! 細かったり詰まったりしたら、血が行き渡らなくて手足が腐っちゃう!」

「なるほど」


 でもそうじゃない。

 このイノリという女性は、少ない情報から推理を組み立てて相手が言おうとしていることを察して、それに対する答えを用意できてしまうんだ。


 たとえていうなら天才肌だね。

 組織の中では生きづらいだろうなぁ。





 少し疲れたので外の空気を吸いたいと申し出て、俺とアリエッタは中庭を散策することにした。

 もちろん簡易的な作戦会議のためである。


「どう思う? アリエッタ」

「まずは旦那様の考えを聞かせてくださいませ」


「サイサリスをスカウトできただけでも望外なことだ。イノリの才能は欲しいとは思うけど、トラブルを起こす可能性も否めない」

「つまり、イノリについては不採用という方針ですわね。私は反対です」


 肩に乗ったアリエッタがはっきりと言った。

 俺は視線で先を促す。


「私が褒められたから、ではありませんわよ?」

「判ってるよ。そもそもアリエッタが天才なのは俺が一番よく知ってるし」


「……そういうところだぞ」

「なにが?」


「イノリのごとき異才や奇才は、まさに組織の草創期に必要なものですわ」


 質問には答えず話を続ける。

 なんかこういうやつらが多いんだよなー、俺の周囲には。


 いいんだけどさ。

 こっちの方が大事だし。


「でもそれは結局、いずれ必要なくなるんじゃないか?」


 用済みだから解雇。あとは知りませーんってのはダメでしょ。

 雇う以上は定年退職まで責任を持たないと。


 で、ああいう異能って組織が大きくなっていくときは必要だけど、安定してきたら身の置きどころがなくなっちゃうんだよね。


 なんていうのかな、本気で仕事をしたら若い連中に嫌われちゃう、みたいな感じになって、仕事の時間なのに公園で鳩にエサをやる日々を送るてきな。


「なんですかその妙にリアリティのある妄想は。そもそもサクラメント男爵領の改革など、彼女の一代で終わるものではないでしょうに」


 アヒル姫に呆れられちゃいました。


 たしかに領地改革なんて十年二十年で決着するような事業ではない。

 いや、終わりなんかないって言った方が正確か。


 国作りでも領地作りでも、これが達成できたらゴールだよなんてもんはないからね。

 人が住んでいる限り永遠に続くんだ。


「その過程でイノリは多くの人材を育てることになるでしょう。いずれそういう後進の育成が彼女の仕事になっていきますわ」

「なるほどな」


「もっとも、先ほど話した感じだと、自分の仕事が終わったと感じたら勝手に出て行ってしまうかもしれませんが」

「たしかに、それはあるかもな」


 地の神よりも風の神を加護を尊しとするから、遠くヒズール王国から移住してきたんだろうし。

 好奇心に満ち満ちた黒い瞳の輝きは、いつだって新しいものを探しているように見えた。


「旦那様、たくさんの異能や奇才を集めなさいませ。それがきっと旦那様の財産になりますわ」

「判った。アリエッタの献策に従おう」


 ちょっと殆いところはあるけれど、イノリを雇ってみる。

 トラブルは、まあ俺の方で引き受ければ良いしね。

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