第14話 タイタニア商工会は俺の城よりでかかった
王都タイタニアの商工会は、そりゃもうでっけー建物だった。
「つーか俺の城館よりはるかにでかいよな」
「働いている人の数が違いますもの」
「まあなー」
「サクラメントの城館で働いているのは、旦那様をいれても二十一人。料理長や庭師をいれたって四十人もおりませんわ」
ひるがえって、商工会には五百人近い人が勤務してるんだってさ。
もうね。
五百人なんて、リトリバ村の総人口より多いじゃねえか。
どうなってんだよ。
樫の木造りの立派なドアを開ければ、からんからんとドアベルが涼しげな音を立てる。
ホールも貧乏くさいところがひとつもない。
「尻込みしちまうな」
「嘘おっしゃい。旦那様の顔は好奇心に輝いてますわ」
いつも通り俺にだけ聞こえる声でささやく。
あんまり知られすぎてるのもやだなぁ。
「浮気なんかしたら一発でバレますわよ」
「怖い怖い」
小さな声でふざけあいながらカウンターへと向かう。
これまた立派なカウンターだ。
一流ホテルというより、高級宝飾店って言った方がしっくりくる感じ。
そこに立つのは女性スタッフ。
これは二つの事実を指し示している。まず、ここにはホールで暴れるようなアウトローはこないってこと。
そういう可能性がちょっとでもあるなら、カウンターに立つのは強面だ。
傭兵ギルドのトーマスだってそうだしね。
もう一つは、タイタニア商工会では女性も幹部になるんだってこと。
どんなギルドでもそうなんだけど、受付カウンターってのは顔だ。単なる給仕係などとはまったく異なる。
訪れる客の話を聞き、そこに商売の種を見出して利益に繋げなくてはならない。そのためにかなり大きな権限も持ってるんだよね。
じっさい、トーマスだって五十人の斡旋をさらっと決めちゃったり、サクラメント家ご用達の約束を独断で取り付けたりした。
ギルド長に話を通すことなく貴族との契約を結んでしまえる程度の権限、という言い方をすればわかりやすいかな。
「いらっしゃいませ。なにかご用ですか」
広いホールを横切り、カウンターまであと三歩くらいという距離で話しかけられる。
このへんもさすがだよな。
店に入った瞬間にいらっしゃいと声を張り上げる飯屋なんかとはあきらかに違う。
商工会に用があるのか、あるいは待ち合わせなのか、それとも単なる物見遊山か。
そういうのを立ち居振る舞いから見極めて、カウンターに近づいてきたことで、はじめて声をかける。
若い女だと舐めてかかったら、小指の先であしらわれそうだ。
「お初にお目にかかる。私はウィリアム・サクラメント男爵というものだ。
家紋をあしらった首飾りを見せながら告げる。
王国に六十四人しかいない爵位持ちの貴族であることを証明するものだ。
ちなみにこれを偽造した場合、本人はもちろん三親等までの親族が処刑される。
そのくらい格式のあるアイテムだ。
まあ、あるのは格式だけで財力はまったく保証してくれないので、俺たちみたいな男爵なんて軒並み貧乏だったりする。
「確認します。別室を用意いたしますのでお待ちいただけますでしょうか」
そういって取り上げたベルをちりんちりんと鳴らす。
ほほう。
門前払いはされなかったか。
商工会の会頭ともなればそりゃものすごい多忙だからね。
貴族とはいえアポなしは難しいかなーと思ってたんだ。
そうなったときは、あきらめて王都観光でもしようかと。
やがて現れたきちんとした身なりの男性に案内され、俺たちはホールを離れる。
見送る受付スタッフの目には、好奇心以外のなにかが浮かんでいた。
どういう趣旨の視線だろうな。これ。
さて、案内されたのはやはり貴賓室だった。
ソファに並んで座り、すぐに運ばれてきたお茶で喉を湿らせながら会頭が登場するのを待つ。
「旦那様。警戒を怠らないでくださいましね」
小声でアリエッタが注意を喚起した。
「いくらなんでも話がトントン拍子に進みすぎですわ。まるで私たちがくる事が判っていたかのように」
「だな」
腕を組む。
トリをつれた男というのが珍しいから噂になっていた、というしょーもない理由で待ち構えるわけがない。
「サクラメントの経済成長を知っていて、人材不足も知っている。そう考えておくのが無難そうだ」
「そうですわね。警戒してなにもなかったときは笑い話で済みますもの」
反対に、警戒していないときになにかあったら笑えないのだ。
残念ながらね。
待つことしばし、大きすぎも小さすぎもしない完璧なノックのあと、長身禿頭の老人が入ってくる。
「お目にかかれて光栄です。男爵閣下」
そして一礼する姿すら美しい。
このご老体が商売の世界でどのように振る舞い、どのように勝利をおさめてきたのか判るような気がした。
「こちらこそ光栄だ。ウィリアム・サクラメントという」
「サイサリスと申します。以後お見知りおきいただければ幸いです」
俺が差し出した右手をしっかり握り返す。
好々爺然としているけど、眼差しは武人みたいに鋭いね。
商売は戦と同じなんて言葉を俺は思い出しながら、ソファに座り直した。
「一つ訊いて良いだろうか。サイサリス」
「なんなりと。ウィリアム卿」
「どうして俺たちがくるって判っていたんだ?」
にっこりと笑って俺は問いかけた。
大上段から斬り込むつもりでね。
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