第12話 死神クロウ
そいつの通り名は死神クロウ。
肩にカラスをとまらせているのがあだ名の由来だ。
本人も黒い服を好んでるってのも理由のひとつかもしれない。
こっちではあんまりみない黒髪で、瞳の色も黒。そのくせ透けるような白い肌で切れ長の一重の目元が涼しげだ。
背はすらりと高くて、鍛え抜かれたサーベルみたいな体型だったりする。
それで物腰も柔らかくて、酒場の女たちからも人気が高い。
「つまり旦那様は、そのクロウって人が格好良くてモテモテだから嫌いってことですわね」
「ちがうもん!」
いったん宿に戻り、クロウについて知っていることを語ったら、この反応ですよ。
アリエッタさん。あなたの夫は、容姿に嫉妬する程度の小さい男ですかね?
「ええ、まあ」
「せめて三秒くらいは、返答をためらってよ!」
間髪入れずに答えるなよ。
泣いちゃうぞ。
「冗談ですわ。でも、嫌う理由がないように思われるのもたしかです」
「上手く説明できないんだけど、なんかニセモノくさくて避けてたんだ」
うーむと俺は腕を組んだ。
カタログスペックだけ見ていけば、死神クロウは完璧人間だ
もちろん腕も立つ。
自分で動くことも他人を動かすこともできる。
それでいて驕ったところもない。
俺に対しても含むところがあるような態度じゃなかった。でも、なにか決定的なことを隠しているような、そんな気がしていたんだよな。
「よく判りませんわね」
「本当になんとなくで、確証があるわけでもなんでもないんだ」
絶対にバレてはいけない秘密があって、それを糊塗するために隙のない振る舞いをしているような。
そんな気がして、深く接するのを避けてきた。
で、俺がそう思ってるのが伝わっていたのか、クロウの方も接近してこなかったんだよ。
お互いに顔と名前を知っている程度。
偶然顔を合わせたら目礼する程度の関係だ。
それをトーマスは相性が悪いと言ったんだよね。
「老若男女だれとでもすくに仲良くなる警戒心ゼロの旦那様と、人当たりの良いクロウなる人物。そんな二人が避け合っていたらソリが合わないと思われるでしょうね」
くすっと笑うアリエッタ。
俺ってそんなに警戒心ないかしら?
「自覚すらしてない顔ですわね。それ」
「人を見たら泥棒と思えって考え方が好きじゃないだけなんだけどな」
「ともあれ、話はしてみるのでしょう?」
「クロウならいらん。なんて言えるほど俺たちには余裕がないし」
肩をすくめてみせる。
俺の持っているコネクションは傭兵ギルドだけ。
ここで指揮官が雇えないなら、もうアテはない。
雇った傭兵の中から指揮官を育成するか、俺が指揮を執らないといけなくなる。
一応こんなんでも王都の貴族学校で学んでるんで、戦闘の指揮もできるんだけど。
「総大将が戦線指揮というのは、さすがに賛成できませんわ」
「だよな」
戦いのとき、俺は本陣にいないといけない。
そこから兵士たちウルフ軍団の総指揮を執る感じ。
この一撃ですべてを決めないといけないって局面ならともかくね。
「そんな局面になったら戦争は負けですわよ。さっさと講和の使者でも送って、ちょっとでもマシな条件で降伏した方がよろしいですわ」
くぁっとあくびをしたベッドの枕元で丸くなった。
クロウとの面会は、翌々日には実現した。
トーマスがいろいろ骨を折ってくれたらしい。
ついでに、また貴賓室も貸してくれた。
感謝を伝えると、ご用達ならこのくらい当然だろってことである。ありがたいことに。
今後、兵士が必要になったらタイタニアの傭兵ギルドに頼ることになるだろう。
隣の領地であるサラソータのギルドじゃなくてね。
ご用達ってのはそういうこと。
浮気するといろいろ角が立っちゃうけど、こういうふうに融通も利かせてもらえる。
そして貴賓室で待っていると、しばらくしてノックもせずにクロウが入ってきた。
これだけで、彼が俺との折衝に乗り気でないことが丸わかりである。
黒の外套に黒の服。
そして肩にとまったカラス。
腰に提げた長刀は、鞘まで真っ黒だ。
相変わらず黒が大好きなことである。
「ずっと避けていたビリーが、いまさらなんの用……」
開口一番、なかなかご挨拶セリフだが、そこでクロウは動きを止めてしまった。
視線は俺でなく、俺の肩にのっているアリエッタに注がれている。
うん。
まあね。
たしかにあんまり絵にはならないと思うよ?
肩に乗せてるのが鷹とか鷲とか、ぎりぎりカラスでもなんとかなるとは思うんだけど、よりにもよってアヒルだもん。
本人は白鳥だと主張してるけど、アヒルだもん。
だからって、固まらなくてもいいじゃん。
傷つくじゃん。
「ま、まさか、あなたもそうなのか?」
どこからともなく女の声が聞こえた。
いや、どこからってことはないな。
いま口を動かしてたのって、クロウの肩にとまってるカラスだもの。
「「しゃ、喋ったぁっ!?」」
俺とアリエッタが驚愕の混声合唱を奏でた。
「おまえらがいうな!」
カラスが叫び、クロウのツッコミチョップが俺の胸に決まる。
仰角四十五度の美しいフォームだった。
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