第11話 横紙破り


「じつは、人を雇いにきた」

「雇われる側だったのが今度は雇う側か。いいぜ、儲け話は大好物だ」


 そういってトーマスはくいっと親指で後ろを指し、カウンターの上に暫時離席と書かれた札を置く。

 別室で話そうという意味だ。


 受付から人がいなくなってしまうが、これはまあよくある話。

 依頼人に対して傭兵は謙った態度を取らない。ギルドもまた然り。

 舐められたら終わりの商売だからね。


 カウンターに人がいないなら戻ってくるまで待てば良い。その程度のことができない依頼人なんか最初からいらない。

 この程度でぎゃーすか文句言うようなやつは傭兵を下に見てるから、すぐに調子に乗って要求も過大になってくるんだ。


「ていうか、肩に乗せてる鳥のことは気にしないんだな」

「狼を相棒にしてるやつもカラスを肩にとまらせてるやつもいる。べつにアヒルをつれてたって……あいた!」


「アヒルっていうと機嫌が悪くなるぞ。白鳥だから」

「先に言っておいてくれよ……」


 アリエッタにつつかれた頭をさすりながら、トーマスが恨みがましい目を向けた。


 こいつも歴戦の傭兵なんだけどなあ。

 防御する暇すら与えず一撃を入れるなんて、アリエッタの攻撃能力ってどうなってるんだろう。




 さて、案内されたのは貴賓室だ。

 やんごとない身分の依頼人が良からぬ相談にきたときに使うような部屋である。


「普通の応接室で良かったのに」

「お貴族様をそんなとこに案内するわけにいかねえだろ。常識で考えろや」


「おかしい。いまトーマスが横柄な口をきいてるのが、そのお貴族様なんだけどな」

「そいつは言わねえって話だぜ。ビリー」


 バカ話をしながら席に着く。

 このスタンスが懐かしいね。


 生意気盛りだった十代の頃、なんか気が合ったトーマスとこんなふうにふざけ合ったもんだ。

 俺が金ない金ないって陰日向なく言ってたから、危険度は高いけど実入りの良い仕事とか回してくれたんだよな。


「で、何人欲しいんだ?」

「五十人。あと指揮を執れるやつ。できれば恒久的に雇いたい」


「おいおい……傭兵風情を男爵家の軍隊に正式採用するってことかよ……」

「指揮官は、うちの従士って待遇で」


「なあビリー、横紙破りも大概にしないと、貴族社会で目を付けられるんじゃないか?」

「んなこと言ってる余裕ないんだよ。冬が来るまでに体制を整えないと。たぶん野盗だのモンスターだのの襲撃があるから」


 ふうと俺はため息を吐いた。


 従士ってのは、国で言えば騎士にあたる。

 ようするに爵位を持たない貴族って考えるとわかりやすいんだけど、そんなものを一領主が任命するわけにいかないだろ?


 だから従士っていう、その家の直臣にするんだ。

 庶民から見た場合、王国の騎士と貴族家の従士はだいたい同じものだね。


 当たり前だけど格式は高い。

 元々その家に仕えていた人で功績のあった人とか、王国の騎士叙勲に近いものがある。


 そこに傭兵あがりをいきなり就任させちゃったら、他の貴族からどう思われるかって話。

 トーマスの心配はもっともなんだけどね。

 さっき言ったように、そんなん気にしてる余裕はないんだわ。


「兵士の五十人は斡旋できる。もちろん紹介料はそれなりにかかるけどな」


 テーブルの上で指を滑らせるトーマス。

 契約額と紹介料だ。

 口には出さない。紙にも残さない。


 どうしてかというと、かなり勉強してくれているから。

 契約金の額から考えて、かなりの腕利きを紹介してくれるつもりのようだが、そのわりに紹介料が安すぎる。


「サクラメント男爵家との顔つなぎになるかい。これで」

「OKだ。ご用達で」


 にやりと笑い合い、また握手を交わした。

 今後、傭兵が必要なとき、サクラメント男爵家は必ずこのギルドに依頼を出す。そういう口約束である。


「ただ、問題は指揮を執れるやつだ」


 一転して、トーマスの口調が重くなった。

 そうだよなぁ。

 指揮官って言葉にしちゃうと簡単だけどさ。実際は口で言うほど簡単じゃない。


 五十人を指揮するってことは、当たり前だけど五十人分の行動を統制しないといけないってこと。

 指揮官が進めって言ってるのに、立ち止まっちゃったり後退したりする兵士がいたら、どんな作戦だって成立しないからね。


 俺は俺が正しいと思った指示にしか従わねえぜ、なんて性格の人は、兵士としては落第点だ。


 でも、傭兵ってそういう性格の人が多いのよ。そもそも。

 個人戦の勇者っていうのかな。ピンで戦えば強いんだけど集団戦になると力を発揮できないタイプね。


 集団戦が得意なタイプもいるんだけど、そういう人は傭兵団とかに所属しちゃってる。


 ギルドにいるのは、基本的にピンの連中だ。

 そんななかで指揮力の高いやつが、そうそう簡単にいるわけがないのである。


「ひとりだけ、いないわけじゃないんだが……」

「なんだよ。出し惜しみかよ」


「いや、おめえと相性が悪いってだけだ。クロウだよ」

「うげ……」


 よりにもよってあいつかよ……。

 思わずげっそりと呟いちゃったよ。


 

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