第10話 男爵様は元傭兵?


 ギルドというのは、ようするに同業者組合のことで、傭兵だけじゃなくて冒険者や行商人、狩人や細工職人など、おおよそ個人で仕事をする連中にはたいてい存在する。

 というのも、やっぱり看板って信用の証だから。


 店を構えて看板を掲げるのは、それはもう大変で並大抵の苦労じゃないんだよね。

 だから信用される。


 逆に、傭兵でござい冒険者でございって自称するだけなら誰でもできるからね。

 信頼なんかゼロだ。

 簡単に仕事なんてもらえない。


 だから彼らは同業者組合を形成する。すなわち、これが看板である。

 受注者は仕事がもらう機会が増え、依頼者は間にギルドが挟まることで安心感を持つことができるわけだ。


「私が気にしているのは、どうして旦那様が傭兵ギルドなんかに伝手があるのかって部分ですわ。貴族社会からはずいぶん遠い場所なのに」

「いやあ、王都の学校にきてるとき、金がなかったからさ。ちょっと働いて……あいたっ!?」


 最後まで言わせてもらえず、思いっきりくちばしで頭をつつかれた。

 ひどい。


「男爵公子が傭兵のアルバイトとか、想像の斜め下すぎてびっくりですわ」

「ちゃんと偽名を……あいた!? アリエッタお前いい加減にしろよ! そんなにがしがしつついたら穴が空いて脳みそが出てきちゃうだろ!」


「ないものが出てくるわけありませんわ」

「ひどいね……おまえさん……」


 俺の抗議もむなしく、アリエッタはでっかいため息を吐いた。

 アヒルに呆れられるのと、幼女に呆れられるのと、どちらがマシな人生なんだろう、と、どうでも良いことを考えてしまう。


「旦那様が庶民たちとみょうにフランクに接するのは、そういう経験があったからなのですね……」

「まあ、もともとうちは領民との距離が近いってのもあるけどな。アリエッタの家とは違うさ」


 侯爵家だもの。

 家臣団だけでも千人規模で、それこそ独自の軍だってもってる。

 オリバーとアリエッタを入れても二十一人しかいないサクラメント男爵領府と比較なんかするのは失礼すぎるってもんでしょうよ。


 ともあれ、うちは貧乏だったから、俺が王都の学校で勉強するときも実家からの仕送りなんて期待できなかった。

 そもそも随員だって用意できなかった。


 身の回りの世話をする雑役の小者が一緒にくるのが普通だってのにね。

 ちなみに、こういう人たちが公子たちの素行を実家に報告する監視役も担っている。


 監視がいなかった俺は、王都タイタニアでの二年間をけっこう自由に過ごしたわけだ。


「けど、自由を買うにも金がいるだろ?」


 それで傭兵の真似事をして稼いでいたってわけだよ。


「昼は学業……夜は傭兵……謎の二重生活ですわ。どこの絵巻物ですか」


 やれやれと呆れるアリエッタだった。

 ああ、身分を隠した貴人が庶民に混じって生活して、悪人を退治するなんて話は、よく吟遊詩人たちが歌うよね。






 肩に白い鳥を乗せた俺がスイングドアを押し開いて中に入ると、ギルド内の視線が集中した。

 ざわって感じでね。


 幽霊を見たような目、というのが一番近いだろうか。


「閃光ビリー……生きていたのか……」


 受付カウンターに立った屈強な男がかすれた声を絞り出す。


「格好いいのか微妙なのか判らない二つ名ですわね」


 そして肩に乗ったトリが俺にだけ聞こえる声でささやいた。


 ほっといてちょうだい!

 アタシが自分で名乗ったわけじゃないのよ!


「生きていたのかとはご挨拶だな。トーマス」


 アリエッタは無視しておいて、俺は受付に苦笑を向ける。

 意地悪なんじゃなくて、人前でアヒルと話していたら変に思われちゃうからね。


「そりゃあおめえ、ある日突然姿を見せなくなって、まったく連絡がつかなくなったら死んだと思うだろうよ。誰かに殺されちまったかな。と」


 ひげ面のトーマスがゲラゲラ笑った。

 サツバツ!


 でもまあ、そういう世界ではあるんだけどね。

 依頼を受けてるときに死んだら確定だけど、そうじゃないときに姿を見なくなっても死亡と同義だ。


 恨みとか買う仕事だもの。

 こっちは雇われて戦ってるだけなんだけどね。たとえば家族を殺された人とかからみたら、雇われてるとか任務とか関係ないからね。

 敵ってひとくくりさ。


 酒場でカードゲームをしていたら、後ろから女給にいきなり首を刺されて死んだ、なんてやつもいるんだよね。


「生きてたさ。留学期間が終わって領地に帰っただけ」


 肩をすくめてみせる。

 いまさら隠すような話じゃない。というより、素性も明かさないで傭兵たちを雇用するってわけにもいかない。


「留学? 領地? なに言ってんだおめえ?」

「黙っていて悪かったな、トーマス。俺の本名はウィリアム・サクラメント男爵。当時はまだ男爵公子だったけどな」

「男爵!? 貴族様!?」


 目を白黒って感じだ。

 慌てて平伏しようとしてるし。

 ちょっと落ち着きなさいな。


「やめてくれって。俺らそんなことする間柄じゃねーだろ」


 ぽんぽんと肩を叩く。


「ビリー……」

「あらためて、久しぶりだな。トーマス」


 差し出した右手。


「戦士は、簡単に利き腕をさわせらたりしないもんだぜ。ビリー」


 軽く息を吐いたあとにぎりかえした、にやりと笑ったトーマスが握り返した。


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